役立たずの理甲(3)

 端的に言って、戦役というものが「はい、おしまい」で、きれいさっぱり幕を閉じるわけがないのだ。ほんの些細な陰口でさえ友人関係に亀裂をもたらすというのに、憎しみ殺し合う営為がノーサイドで終わる道理はどこにもない。


 我が連邦に抗戦する「蛮教徒カルト」と呼ばれる連中は、大陸征服戦争において連邦軍に討伐された武装勢力の落とし子のようなものだった。彼らは小勢だが、ヒト型ですらない伴侶亜人類プロクシーズ――偶像アイドルと呼ばれる鳥獣型の大型理甲を戦場に駆り出している。


 これが厄介だった。連邦の宗教にも、土着民族の宗教にも、偶像アイドルを使役することを正当化する明確な根拠は見当たらないと学者たちは言っている。伴侶亜人類プロクシーズを運用している連邦でさえ、偶像アイドルは統御手法が確立されていないことを理由に一切手出しをしていない。

 いくら連邦憎しとは言え、そんな存在を見境もなく戦力として投入するから、彼ら彼女らは「蛮教徒カルト」と呼ばれているというわけだ。


 人間が羆や虎といった猛獣に手を焼くのと同様に、理甲師団に属する理甲にとっても偶像アイドルは大陸征服戦争後の最大の脅威と言っていい。



 月明かりと数少ない松明の灯りでは払い切れない、のしかかるような夜闇の中で、数百名の蛮教徒カルトと我が軍が悲鳴と剣戟をほとばしらせている。

 私とリクラフは当初こそ言いつけ通りに第2分隊の殿を守っていたが、敵味方入り乱れての白兵戦が続いたせいで、すぐに有耶無耶になった。途中から新たな命令を受けて、今は原隊からも離れて行動している。


「10時の方角から軽巡級 偶像アイドルさらに2体、接近中!」

 味方の誰かの叫び声が夜闇をつんざいて聞こえた。

 偶像アイドルはその脅威度に応じて戦闘級、重巡級、軽巡級、駆逐級の4ランクが認識されている。軽巡級の強さの目安は、平均的な理甲と理官が2人(2体)掛かりで挑めば撃退ぐらいはできるだろう、というもの。

 軽巡級が2体となれば、単純計算で4人の理官と4体の理甲が必要になるが、しかしここにそんな後置戦力などあるわけがない。


 10時の方角――どっちが北だったっけ、と鈍い頭痛を抱えて考える。

 焚火の薄明かりに大きめの硬貨のような方位磁針を照らして北を確かめる。そこを0時とした場合の10時の方角を突き止め、延長線上にある遠くの暗がりに眼を凝らすと、確かにこちらに向かって来る羆のような物陰が見えた。

 馬鹿か、と舌打ちして、悪態とともに私は考えた。あいつら、こんなちょっとした奇襲ごときに、なぜこうもダラダラと戦力を逐次投入するのか。



「ぐぁっ!」

 すぐ背後で悲鳴がしたかと思うと、振り返る間もなく私の足元に蛮教徒カルトの一員が倒れ込んできた。

 しかも、そいつはまだ死んでいなかった。その顔はまるで親戚の子どもみたいにあどけない少年のように見えた。

 少年はすぐに身体を起こし、私の存在を認めた。その両眼には確信と勇気が満ちている。私が理官ということを把握している風だった。

 起き上がりざまに私に斬りかかろうとした刹那、私の背後から稲妻のように真っ白の腕が伸びた。少年の袈裟斬りはその腕に命中した。

 そして、「斬りつけられた腕」ではなく「斬りかかった剣」が吹っ飛んでいった。後ろから伸びた腕には、銀色の装甲がしっかりと装着されているから。それはリクラフの腕、リクラフの装甲だ。残念ながら、理甲のまとう装甲に小童こわっぱが斬りかかれば当然そうなる。


「驚かせてしまいすみません、ウィルダ」

 そう一言告げて、リクラフは私の前に入れ替わるように立ち塞がり、得物を失い丸腰となった少年兵の喉元を片手で掴んで持ち上げた。

「は、離せ、この……」と彼は全身を使ってもがいたが、水に落とされた犬のように為す術がない。

 しかし、彼ははっと気づいた。

「お、お前、いや貴方はリクラフ様? ――うわっ」

 少年の身体がぶんと空に舞った。彼は夜闇の喧騒のどこかへ飛んで行った。たぶんあれで死にはしないが、こっちに歯向かう戦意を挫くには充分な仕打ちだろう。

 リクラフは私の方に振り返り、「お怪我は?」と事もなげに尋ねた。


『白銀の悪霊』――確かに、銀色の装甲をまとい、月明かりをきらきらと反射するその姿は『白銀』と呼ばれるに相応しい。

 だが、『悪霊』という柄でもないな、と思った。蛮教徒カルト偶像アイドルと殺すか殺されるかの場にいるというのに、その瞳には狂気はおろか興奮の色もまるで見えない。

 むしろ、ひどく冷めている。趣味でもない下賤な素人演劇を無理やり見せられ、うんざりしている貴婦人のように。


「――大丈夫」とだけ私は答えた。

 リクラフはさっきからこんな調子で、一応的確に私のことを守り続けている。乱戦の最中、私目掛けて突進してくる蛮教徒カルトたちを難なく受け止め、弾き返し、投げ飛ばす。

 でも、その気になれば瞬殺できるだろうに、一切殺そうとしない。手足をちぎることさえせず、リクラフの方から敵兵に飛び掛かることもしない。私の護衛はこなしているが、全ての動きが受動的だった。


 小癪なやつだ、なぜ全力を出そうとしない。


 この程度なら他のどの理甲でも――何なら、別に私でもこなせる。それに、ただの人間に過ぎない蛮教徒カルトをいくらさばいたって、理甲なら出来て当然のこと。

 我々が理甲を使って対処しなければならない真の問題は、偶像アイドルの方。そいつらと向き合った時に、リクラフはやはりこんな生ぬるい真似を続けるつもりなのだろうか。


 私たちが今まで偶像アイドルと交戦していないのは、原隊である理甲師団 第2分隊からわざとはぐれていたからだ。それは上官であるカウリールから「お前は偶像アイドルから距離を取れ、そちらは俺たちがやる。その分、蛮教徒カルトの相手を頼んだ」との指示を受けたから。しばらく言葉に甘えて蛮教徒カルトを斬ったり投げたりしていたが、形勢はそれほど思わしくないようにも見えた。

 私とリクラフが蛮教徒カルトの雑魚と遊んでいる間に、カウリールたち第2分隊の理官と理甲たちは、この混戦のどこかで敵の偶像アイドルを相手に悪戦しているに違いなかった。


「――リクラフ。雑魚を投げ飛ばしてくれるのもいいけど、偶像アイドルへの攻撃はできない?」

 私は改めて尋ねた。「今この宿営地に攻めてきたのは……軽巡級4体、駆逐級4体か。さらに軽巡級2体が新たに接近してる。こっちの理甲はあんたを除けば第2分隊の3体と第3分隊の4体、計7体だけ。このまま私とあんたが高見の見物を決め込むのはまずい」

「承知しています。しかし、ご存知かと思いますが、私は誰かを傷つけるということはできません。それは相手が蛮教徒カルトであっても偶像アイドルであっても同様です」

「……それは欺瞞でしょ」

 私は口元がひくつくのを感じた。生死を賭けて戦場にいる時、一番虫唾が走る類の言葉だ。「傷つけられないと言いながら、さっきから雑魚を投げ飛ばしているじゃない。あんな投げ方をすれば骨の何本かは折れてるわ。骨を折る程度は『傷つける』の範疇でないと言うなら、どこからがあんたの言う『傷つける』に含まれるわけ?」

「先ほどから私が敵方の兵士をさばいているのは、理官である貴方に危害を及ぼそうとしたからです」

 リクラフは淡々と答える。「理動の際に契りを交わした貴方と、そして私自身に差し迫った明白な危機がある場合のみ、例外的かつ限定的に私は実力を行使できます」

「それは見ていてよーくわかったわ。だけど、このまま味方がやられたら私もあんたも危ない。予防的措置として、すぐに偶像アイドルりに行く必要があると判断する」

「それは論理の飛躍が過ぎましょう」

「飛躍なものか。現状の形勢を踏まえて当然想定される至極妥当な顛末よ。Yesと言いなさい、理幣なら弾むから」

 リクラフを押し付けた罪悪感があったのか、分隊の理官たちがいくらか理幣を譲ってくれたおかげで、今回の戦闘ではちょっとした贅沢が出来る。たかが理官だ、いざとなれば理幣にモノを言わせて操ればよい。

 しかし、その目論見は、

「――ウィルダ、これに関しては理幣が足りる・足りないの問題ではありません」

……との一言で水泡に帰した。

「リクラフ、それはなぜ? あんたの理官として、訳を問う資格ぐらいはある」

「ではお答えしますが、理幣によるご指示よりも、さらに信用強度の高い契りが私にはあるからです。それによってこちらからの主導的な殺傷行為は禁じられています」

 なんだその言い草は。

 理幣の信用度が低いから理官の命令は拒絶する、などとほざく理甲を初めて見た。

 軍隊で――それも理甲師団に属する理甲の分際で、そんな理屈が通ると思うのか。

「……その契りって何?」

「言えません」

「なぜ? タダじゃ言えないと言うのなら、それにも理幣を払おうか」

「いえ、それをお話すること自体も同様の契りによって禁じられています。悪しからずご了承下さい」

 煮ても焼いても食えないやつだ。こいつと組んだ理官がぶつぶつ不満を漏らす理由がよくわかる。

「……じゃあいいわ。リクラフ、あんたは直接手を下す必要はない。切った張ったの汚れ仕事は私が担う。その代わり、しっかり私を護衛して、私の足となり羽となること。――まさか、それも『禁じられている』とは言わないよね?」

「いえ、そこまでは」

「今の指示に理幣は必要?」

「まだ結構です。剰余はあります」

「でしょうね。ろくに働いてないもの」

 いつにも増して自分の口が悪いが、今回ばかりは仕方ない。

 私単体で偶像アイドルとやり合うと啖呵を切ったものの、なぜ無傷の理甲がいるのに理官自ら白刃振るって戦わねばならないのか。名馬は何があっても騎士を守ってくれるから名馬なのであって、名馬を守るために騎士が盾になるのは本末転倒もいいところだ。

「……時間が惜しい、まずはカウリールの下へ私を連れて。すぐに跳んでいけるでしょう?」

「わかりました。しっかり掴まってください」

 リクラフは私を抱きかかえたかと思うと、間髪入れずノミのようにぴょんと大地を蹴って大跳躍を見せた。



 宿営地で繰り広げられる泥沼の血戦を悠々と飛び越えていく。地面に着地したら、またぴょんと大跳躍。時々矢のようなものが近くへ飛んでくるが、一本もかすめることはない。

 悔しいことに、今まで組んだ理甲の中でもかなりの跳躍力と速度だった。リクラフの個体値自体は明らかに高いことがわかる。

 2、3回目の跳躍で、乱戦の一角に、白兵戦を繰り広げる3体の理甲と4~5体の偶像アイドルを見つけた。3体の理甲はカウリールら第2分隊が引き連れていったやつらだ。

 私はリクラフに「あの傍に降りろ」と指示。リクラフもそれに従った。


「カウリール」

 着地した私は理甲の白兵戦を少し離れたところで、15名ほどの護衛の兵に囲まれながら理甲の方を見つめて指揮を執っているカウリールに駆け寄った。

「おお、エリザ嬢。物見遊山か?」

 カウリールらは敵に露見しないよう片膝をついて姿勢を低くしたまま、汗と作り笑いを浮かべた顔をこちらに向けた。

「……軽口を叩く元気があるなら、私はご命令通り、自分の身だけ守っとくけど」

「すまないが手伝ってくれ」

 余計な見栄で自分の首を絞めないところは、この気さくな上官の良いところだ。私は「喜んで」と応じた。


 問題は、どこに加勢すべきかだ。カウリールも、カウリール以外の2人の理官も、汗まみれで理幣を手に理甲へ指示を繰り出している。先ほど述べた通り軽巡級 偶像アイドル1体は平均的な理甲2体分の戦力に匹敵するから、カウリールらの指揮する3体の理甲は、戦力的に2~3倍の相手と渡り合っていることになる。


 それでも、第2分隊の皆は頼りがいのある優秀な理官だ。見たところ形勢は互角以上で戦意も旺盛、ここは任せてもいいかも知れない。

 となれば、この宿営地のどこかで同じように戦っている第3分隊へ加勢するか、こちらへ向かっている敵の増援を迎撃に出るかだ。


「カウリール、10時の方向から軽巡級 偶像アイドル2体の接近が報告されているが、そちらへの対応は?」

「とても手が回らん。第3分隊も似た状況だろう」

「了解。では私とリクラフでそちらを相手する」

「待て、お前は突出せず、ここに居た方がいい。リクラフの統御もまだ塩梅が掴めんだろ……」

「やせ我慢ならよしてくれ」

 私は上官に対して建設的な反論をした。「リクラフはまだ無傷で理幣も余ってる。今いる師団の中で一番余力があるのは私らだ、任せてくれれば足止めぐらいは務めてみせる」

「それはわかっているが、リクラフは言うことを聞くのか?」

「前評判通り、攻撃指示に関しては全く聞いてくれないな。ただ、それさえ除けば概ね素直だし、性能自体は悪くない。繰り返すが、軽巡級の足止めぐらいなら問題ないだろう。破壊して来いと言われると厳しいが」

 カウリールは数秒間考える見せたが、最終的に私の提案を呑んだようだった。

「……悪いな、後衛ならお前を休ませられると思ったんだが」

「戦場に前も後ろもないさ。こっちが落ち着いた時、私らがまだ帰ってなければ応援に来て欲しい」

「ああ。さっさとケリをつけて行く」

 リクラフを呼びつけて、再び接近する敵の方へ跳躍を命じた時、「エリザ」とカウリールが呼んだ。

「何か? 上官殿」

「リクラフとはもう仲良くなれたか?」

「いや……、まぁ、休ませてもらった分は食い止めてくるさ」


 カウリールはにこりと笑うと、私に小さく敬礼して戦場へ向き直った。

 私も戦友たちに敬礼を返して、「跳んで」とリクラフに命じた。

 攻撃の出来ない理甲でどう立ち回るか、速やかに考える必要があった。


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