腐れ縁(1)

「随分元気になったようだな」

 軍装姿で病室に訪れたカウリールはいつもより幾分静かで落ち着いた様子だった。「ほら、花だよ。感謝しろ」

 そう言って片手に花束を持っている様子が、何だか珍妙でおかしかった。うっかり着てくる服を間違えたかのような照れ臭さが漂っていて。

「花なんて柄にもないな、上官殿。他の理官にもそんな見舞い方をしてるのか?」

 笑いを噛み殺しながら私は言った。

 うるせえよ、とカウリールが口をへの字に曲げるのがまたおもしろかった。

「……でも、ありがとう。飾らせてもらうよ」

「おう」

 いったん彼から花束を受け取って、ベッド脇の小さな袖机に置いてから、もう一度カウリールに向き直った。


「……まず、すみませんでした」

 私はぺこりと頭を下げた。「伝言、伝えてもらいました。私に反論の余地はありません。軽率でした」

「ああ、……わかりゃいいよ」

 カウリールはベッド脇の小さな椅子に、その小柄な身体を下ろした。


 私が収容されている軍病院のとある大部屋には10台以上のベッドが詰められ、安静を要するがまず死にはしない私と同レベルの怪我をした兵士が寝転がっている。個々の病床に許されたプライベート・スペースは、せいぜい両手を広げても隣の患者とぶつからない程度の控えめな領域。カウリールの身体が小柄と言っても、ずっとそこに居られると落ち着かないぐらいの圧迫感は感じられた。


「……メモにも書いたが、そもそもは俺の責任だ。お前が独断専行したならともかく、行ってこいと命じたのは俺だしな。お互いあの瞬間はまともな状態じゃなかったんだ」

「第2分隊はあの2日後に撤退したと聞いた」

「そうだ」

 カウリールは遠くを見るような眼でため息混じりにぼやいた。「全く、あの夜からはひどい泥仕合だった。お前はリクラフとの同調も切らずに昏睡しちまうし、偶像アイドルは相変わらず神出鬼没でしつこいし。偶像アイドルっつーのは人間の軍勢と違って水際対策の打ちようがないからな。倉に入り込む鼠みたいなもんだ、前線にいくら城造っても砦作っても網張ったところは小賢しく避けてきやがる。さすがにもう限界だと思って隊指令に泣きついたよ」

「リクラフを理動したままだったのも、申し訳ない」

 もう一度私は素直に頭を下げた。「リクラフは今も甲渠にいる? すぐに同調解除してきた方がいいかな?」

「原則論で言うならさっさと切って来い、次の者がリクラフを使えん。とは言え、甲渠に入っちまった理甲のことは師団本部預かりで俺の管轄外だし、つまりそれが遅くなって叱られるのはお前だけってことだ」

「そうかい。そりゃ早くやっとかないとな」

「まぁ急がなくてもいいだろう、好き好んでリクラフを使う理官は誰もおらんよ」

「今のは分隊長の発言として拝聴しておくよ」

「ふざけんな、俺の責任になるだろ」

 カウリールはそこに関してはどうでもよさそうだった。「……そんでも、交代が来るまでは残った俺たち3人と同じくボロボロの第3分隊で回すしかない。陣を引き払うその時までずーっと出ずっぱりだった。まー贅沢言えるならあんな想いは二度と御免だ」

 そんな愚痴を言ってカウリールは大きなため息をついた。


「――まだ伝えられていないままだったが、あの夜の敵の狙いはリクラフだった」

 私は詫びるつもりで切り出した。謝るべきことは一気に済ませてしまった方がいい。「応援でやってきた偶像アイドルに乗っていた蛮教徒カルトに問い詰めたら、はっきりそう言っていたよ」

「ああ、それも上伝いに聞いた。現場でもそんな話は出てたしな」

 意外にもカウリールはあっさりと受け止めていた。「現に、リクラフが後方送還されて、俺たちが引き払ってからはぴたっと襲撃が止まったんだと。だったら、リクラフだけさっさとアリゴラに送り返しゃ、誰もあんなしんどい想いをしなくてよかったんだ。いやはや、脱力するね」

「特定の理甲が狙い撃ちにされるなんてことがあるんだな……」

 それは私にとっては初めての経験だった。「リクラフがあの時あの宿営地にあったことを、蛮教徒カルトはどうやって掴んだんだろう」

「どうせ輸送途中に輸送兵のぼんくらがアホ面晒して理甲を“天日干し”してたんだろ」

 カウリールの言葉は舌打ち混じりだった。「こんなケースがあるんなら、輸送段階から理甲の秘匿性っつーのを真剣に考えるべきだな。その辺をなあなあにしているから、怪しげな連中に見聞きされて特定されたんだろ」

連邦軍うちがそんな兵站周りのことをまともに考える軍隊だと思うか? 『文句があるなら理甲師団おまえらが運べ』となるに決まってる。でも理甲師団こっちにそんな余裕なんかないよ」

 理甲師団は理甲を使って戦うけども、そこまでの輸送は通常の輸送兵団に一括で委ねられている。食糧や物資と一緒に、理甲はあの棺桶みたいな木箱に入れられて馬車でことこと運ばれてくるわけだ。

 だが、軍の花形と言えばやはり前線に立つ理甲師団や騎兵といった戦闘兵科であって、輸送兵団なんか右から左へモノを運ぶだけの日陰者に過ぎない。もちろん戦争ではその役割こそが重要だということは実戦経験者なら身に染みて痛感しているのだが、そこに振り分けられる者たちの質と士気、意識の水準が、理官や騎兵の精兵と同等であるとも思えないのが実情だった。

 そんな彼らに「理甲は厳重に扱え」と求めるなら、ぶつくさ言うなら理甲師団おまえらがやれよという話に当然なってしまう。ところがあいにくにも理甲師団は理甲を維持するだけで精一杯の懐事情。輸送兵団まで自前で抱えて教練を施すほどのゆとりはない。

「しかしなぁ、理甲師団おれたちが理甲を雑に扱うのは自滅行為だぞ……ただでさえ蛮教徒カルトは妙に情報収集力に長けている。このアリゴラの街にも随分そういう連中がいるって噂は聞く。どこで誰が見ているかわからんご時世だ」

 カウリールはふーっとため息をついた。「なまじ有名な分、リクラフは扱いが面倒くさい理甲だな。能力に妙な制限がかかっていることもあるが、下手打って敵の手に渡ったりしたら蛮教徒カルトどもを調子づかせかねない。『あのリクラフがこっちに付いた』ってな」

「そうか、」

 私にある仮説が閃いた。「だからカウリールは、リクラフを最後まで表に出さず、出陣させた時も私に後衛を任せたということか……?」

「おう、そうだ――と言えれば俺も恰好がつくが、さすがにそんな深謀遠慮はしていない」

 カウリールが少し頬を緩ませた。「あの時はお前があんまり寝ぼけていたから『前に出るな』と命じたまでだ。リクラフが最後まで残っていたのも、お前が毒づいていた通り理官に避けられて余ってただけだ。まさかリクラフ与えられて自分から最前線へ飛び出していく馬鹿がいるなんて思わなかったがな」

「……どうもすみませんね、馬鹿な部下で」

「ま、お前とは同期入隊の腐れ縁だが、そういう負けん気と闘争心だけは尊敬してるぜ」

「“だけ“かい」

 カウリールは楽しそうに笑って、「“脱いだ女”は一味違うよ」と言った。


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