役立たずの理甲(2)
晴れて出撃命令を拝受した私たちは、速やかに軍装を整え、サーベルを携えた。
それで完了、早速出陣――とはならない。司令部の背後に設置されている大天幕へ駆ける必要があった。
その大天幕には、今回の出兵のために駆り出された我々の相棒たち、つまり理甲がまとめて安置されている。ここに寄らずに戦場に向かうのは、騎兵が馬に乗るのを忘れて決戦に出かけるようなもの。我々理官は理甲を駆るからこそ理官たり得るわけで。したがって、出陣するならまずはここに来なければならない。
私たちの先頭を大股で進んでいたカウリールは、その大天幕前まで来ると先ほど受け取った命令書を高々と提示した。その存在を認めた天幕前の警護兵はもうすっかり顔馴染みなので、いちいち内容を確かめるような野暮なことはせず速やかに入口を空ける。
そうして入った天幕の中には、棺桶のような黒塗りの木箱が20個ほど立てかかっている。
うち半分は抜け殻。それらは損傷等により既に後方へ送還された理甲たちの寝床だったもの。
残る半分はちゃんと実入り。この宿営地にある継戦可能な理甲はそこに収まっている。「棺桶」と言ったのはあくまで喩えだが、なるほど棺で眠る不老不死の妖怪伯爵のようでもある。
理甲――正式には
眠る姿なら、人間と見分けがつかない。そこは騎兵にとっての馬とは違うところと言える。
「リクラフはきれいだな」
カウリールがぼそりと言った。いきなり何を言い出すのかと神経を疑いながら彼を見ると、棺桶のひとつに収まっているリクラフを眺めていた。場違いな発言だったが、確かにその気持ちは少しわかるかも知れない。
連邦軍が抱えている理甲はほとんど雄型だが、リクラフは元々この大陸土着の理甲ということもあり、連邦本土では珍しい雌型の
要は、この場にある理甲でリクラフだけは「女」の見かけをしていた。それも、相当きれいな容姿をした女。定規で引いたように端正な目鼻立ち、杯に湛えた牛乳のような白い肌、ほつれもぱさつきもないしなやかな栗色の長い髪、偏執狂の彫刻家が一心に彫り上げたように駄肉のない体つき。「美人」という形容さえも気安く感じてしまうほど。
――まぁ、こいつが人間ならばの話だが。
「惚れたのか?」とカウリールをせせら笑ってやると、
「何だよ。嫉妬か?」と減らず口を返して来た。
気持ちの悪いことを抜かすな。私はこのお調子者の上官を無視することに決めた。
自分に少し似たところがある人に対して、私たちは「仲良くなれるかも」と好感を覚えるものだ。だが、何から何まで自分とそっくりな人にはどこか虫唾が走り、少しの差異を見つけ出しては「一緒にしないでよ!」と叫びたくなる。
同じ理由で、理官たる者は皆口を揃えて言う。理甲は全然人間じゃないよ、あんなの似ても似つかないよ、と。
いやいやそっくりじゃないか、我々と同じだよ、酷使するなんて非道だ、権利を認めて対等にトモダチになるべきだよ、などとくすぐったくなることを言う奴もいる。だが、それは絶対に
理甲のどの辺りが人間らしくないのかについては、ロジックよりも具体例を挙げる方がわかりやすい。
理甲たちは、
火を向けられても岩石をぶつけられても怯まない。
仮に手足が欠けるほどの重傷を負っても全然痛がらず、放っておけばその内再生する。
冗談はおろか、愚痴や文句の類を全く言わない。
何百回と戦場に放り込まれても精神を病まない。
水や糧秣の類は一切消費しない。
反抗や反乱を起こした話は聞いたことがない。
何年経っても全く老化しない。
何年も連れ添ってきた理官が死んでも、微塵も悲しむ素振りを見せない。
嫌われ者の横暴な理官が死んでも、微塵も嬉しそうな素振りを見せない。
――どうだろう、少なくとも私はさっぱり仲良くやれる自信がないが。
そういう不気味な存在だからか、この大陸の土着民族は
しかし、我が連邦において
「こいつは伝説だけなら立派なんだがな、」
懲りもせずにカウリールはぽつりと呟いた。「敵としてあれだけ暴れ回ったのに、最後はあっさり投降して理甲になったと聞いた時は、将軍も兵卒もみーんな興奮したもんだ。それがなんで、こんな使えない奴になっちまったんだか……」
「ブツブツ言ってないでさっさと自分の理甲を立ち上げたら? カウリール上級理官殿」
強めの口調で言うとカウリールは「へいへい」と応じて自分の割り当ての方へ向き直った。こっちはリクラフを早く立ち上げないといけないのに、その前で名画鑑賞のような真似をされるのは単刀直入に言って邪魔だ。
とは言え、カウリールがぼやいた疑問は、理官の誰もが思っている。「こいつはこんなもんじゃないはずだろ?」と。私でさえそう思うぐらいだ。
リクラフが引っ提げる伝説の起源は、5年前の大陸征服戦役にある。大局的には我が理甲師団はさして苦もなく進攻し、電撃的に土着民族の抵抗を踏み潰したと言える。しかし、局所的には痛手を負った戦いもいくつかあった。そのほとんどに絡んでいるのが、当時敵軍の
私自身こいつと対峙した時はまだ新兵だった時分で、正直言って恐ろしい思いをさせられた。敵兵を雑魚のように蹴散らしてきた我が軍の理甲たちが、突如現れた土着の
それが終戦際になって我が軍に鹵獲されてからと言うもの、どういうわけか借りてきた猫のように役立たずに成り果てた。
理甲の維持コストだって決して安くはない。使えないとわかればさっさと廃甲――つまり連邦の手によって処分されてもおかしくないのに、現場から「使えない」とブツブツ言われながらもしぶとく残り続けているのは、理甲師団の誰もがこいつへの可能性を捨て切れずにいるからだ。
ただ、私はこいつにあまり好意的な見方はしない。理由はごく個人的な因縁だが、だからこそ軽々しく曲げるつもりもない。言うことを聞かない兵器なんかさっさと廃甲にすればいいのにと思っている。当時の戦役でこいつが何人の友軍を殺してきたか、皆忘れたわけじゃないだろうに。
私はなるべくリクラフの顔を見つめ過ぎないようにして、外套の内ポケットから事前に支給された“理幣”を取り出した。それは私たち理官が休眠している理甲を使役するためのアクティベート――“理動”の手続きに必要な対価だった。
短冊状の理幣には幾何学模様が記され、その中心には葡萄の粒ぐらいの大きさの円が描かれている。極めて精緻な職人技で作られたことがひと目でわかるように、この理幣はとにかく製造に人手と時間がかかる。でもこれがなければ理甲たちは理官の指示を聞き入れない。理甲の高額な維持運用コストの正体でもある。
その理幣の円を、両手のひらの中心と重ねるように挟んで合掌し、私たちは理動処理を開始させた。理官と理甲の精神的同調を図り、これからの戦闘において一体的に動作するよう設定するためのプロセス。
この処理は、名唱・願唱・礼唱の3部構成となっている。
名唱ではまず理甲の名前を、次いで申請者たる理官の氏名を述べる。
「奉リクラフ、申エリザ・ウィルダ」
願唱では今回の任務の内容を述べる。単騎で派遣させるのでもなければ、詳細は現場指示ということでごくざっくりで構わない。
「東部丘陵宿営地に侵入した敵性勢力を直ちに撃滅し、友軍を側方から支援する」
礼唱は要するによろしくお願いしますといった〆のようなもの。
全身の肌が逆立つようなビリリとした感覚が走ったので、無事理動に成功したのだとわかった。
それまで石像のようだったリクラフがその眼をぱちりと開き、棺桶から身を起こす。凝りをほぐすように首と肩をこきこきと回す。まるで私たち人間のように。
「――ごきげんよう、リクラフ」
私は少しの嫌味を込めて挨拶した。
リクラフはこくりと頷き、「よろしく、ウィルダ」と静かに答えた。
そりゃそうか、私のことなんか覚えているわけがないか、と思った。
私が天幕の外へ出るよう促すと、リクラフは何も言わず、何の表情も浮かべず、大人しくそれに従った。
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