第47話 かわいそうだからって殺しても?
首を吊るされて殺された。
その自覚はあった。
気付けば首を吊って死んでいた。
自殺した覚えはないから、殺されたのだろうと思う。
ただ、悲しいとか悔しいとか
犯人が憎くてたまらないとか、
およそ普通の感情は抱かなかった。
自分が誰かを殺したら違うかもしれないけど。
自分の死をそこまで嘆きはしなかった。
ただ、気になるのは、
「火葬代、高いだろうな……」
突然家族が死んだことで発生する費用が気になった。
人なんて生きているだけでお金がかかるのだ。
死んだ後は後で火葬代だ葬儀代だと、
人ほどお金がかかる生き物はいない。
家族に申し訳なかった。
僕が死んだばっかりに。
生活を圧迫していなければいいが。
「なんで死んだんだろ、僕……」
ため息交じりで、頬杖をつく。
考えても仕方がない。
だから、僕は目の前の光景を見ていた。
僕の後に入居者が現れたらしい。
社会人だった。
ただ、その社会人は不思議な人で、
何故か三年前のカレンダーを愛用していた。
「カレンダーコレクション、とか?」
その割にはカレンダーはこれしかなかった。
「変わった人だな……」
人のことは言えないかもしれない。
携帯電話を利用せずに、手紙のやり取りだけで済ませていたのだ。
世の中広いから、数年前のものを使い続ける人だっているだろう。
――たぶん。
「……というか、なんだろこれ」
新しい入居者の生活を覗き見ながら、
僕は首を傾げた。
死んだ僕は地縛霊か何かだろうか。
それにしては幽霊になったっていう自覚はない。
死んだ自覚はあっても、幽霊だという自覚はない。
矛盾していても、その線引きは確かなものだった。
ただ、向こうは僕のことなんか見えていないらしく、
普通の日常を送っていた。
見えないのをいいことに、
その人の携帯を盗み見た。
会社名が書かれていた。
「……?」
おかしい。
だって、この人が勤めている会社は、
とっくの昔に倒産した筈だ。
何か問題を起こしたとか何とかで、
会社を閉鎖する事態までになった。
割と有名なところだったから。
ニュースになっていたからよく覚えている。
「なんでこの人……」
無職なのだろうか?
それにしては、忙しそうにしているが。
「なんで?」
僕は死んでから初めて、入居者に興味を抱いた。
* * *
「ちょっと待って」
「どうしたの?」
「潰れたの、あの会社?」
一部始終を眺めていたら、私が僕の顔を見た。
「潰れたよ」
「問題起こして?」
「問題起こして」
「嘘でしょ……」
天井を仰ぐように、私は嘆いた。
「知ってたら辞めたのに」
心底悔しそうな声だった。
「おい、今いいところなんだから」
「ごめん」
「ああ、そうよ」
悔しさを滲ませながら、私は目の前の光景に集中した。
「なんで死んだのよ、私」
再び見れば、カレンダーの日付が一気に飛んでいた。
* * *
「……」
この人はかわいそうだ。
どうやら仕事が自分に合っていないらしい。
だけど辞めるタイミングを見失ってしまって、
帰宅する度に、辛そうな顔をしている。
そんなに辛いなら辞めればいいのに。
そう思ったものの、事情でもあるのだろう。
ただ、かわいそうでたまらなかった。
だから、殺そうと思った。
相手は全く僕に気付いていないけど。
僕は相手を知っている。
かわいそうな人を見るのが、なんだか辛くなってきた。
何もできず、眺めているだけでも、
精神的に来るものがあった。
幸い睡眠薬や太い縄、あとは鋏とか包丁とか、
殺人に必要なものはたくさんある。
これが生きていたら、僕は手を下さなかった。
僕には関係のないところで、誰がどうなったところで、
僕には関係ないからだ。
だけど、僕は死んでいて、僕のすぐ近くで、
殺せる道具は揃っている。
まるで早く殺せと言わんばかりだった。
だから、実行に移した。
睡眠薬で気を失わせた後、手足を縛り上げ、
浴槽まで運んで行った。
これが結構手間だった。
溺死させた。
手足を縛ったのは他でもない。
暴れられたらいけないからだ。
沈ませている時に、相手は気付いたらしい。
ブクブクと、暴れる気配はあったけど、
浴槽に蓋をして、その上から僕は体重を乗せた。
そうすれば、手足を縛られ密閉空間で溺れたら、
助かる者も助からない。
案の定、蓋の下で暴れる気配はあったけど、
数分経てば、しんとなった。
さらに数分間を置いて、ゆっくりと蓋を開ければ、
ほら、溺死体の完成だ。
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