第6話 見つけた『顔』は、

 刺した。

 刺して、刺して、刺して、刺して、

 また、刺した。


 その度に水がはじけた。

 変な感触が伝わってきた。

 誤って、自分の手を切りもした。


 それでも刺した。

 なのに、何故か鋏が手からすり抜けた。


 ぽちゃん。


 そんな音が耳に届き、気付けば鋏が浴槽の中に沈んでいく。

 無理やり取る気にもなれなかった。

 

 死体か、それとも『私』のか。

 浴槽の中は、赤で滲んでいた。


「……っ」


 強く水が飛び散った。

 思い切り、手で浴槽の水を叩いたからだ。


 おかげで、水が散ったが、そのことはどうでもいい。

 死体は変わらず死体のまま、顔まで浸かって、死んでいた。


「……ふ」


 そこまで考えて、思わず吹き出した。

 

 ――死体が死んでいる?

 

 何を考えているのか。

 そんなの、当たり前じゃないか。


「……当たり前じゃない」


 現に『私』がそうだった。

 目の前の死体と同様に、浴槽の中で溺死した。


 それでよかったのに。

 それで、死ねたらよかったのに。


 なのに、『私』はまだ生きていた。

 生きて、溺死した死体の側にいる。


 ――何故?

 何故、『私』は生きているのか。

 何故、目の前の死体は死んだままなのか。


 何故、何故、何故。

 『私』は、死ねないのに。


「あ、そうか……」


 『私』は、嫉妬していたんだ。

 死んだまま、生き返らない死体に。


「なんだ、そうか……そうなんだ……」


 脱力して、その場に座り込む。


「そうなんだ……」


 生きていたくない。

 死んでいたい。


 なのに、それすら叶わない。

 叶う死体が、羨ましかった。




***




 どれだけそうしていたか。

 分からないまま、ふと思い立つ。


 死んだままでいられる溺死体。

 その顔を、今まで知らないままだった。


 死んだままの顔は、どんな顔なのか。

 ――知りたい。


 好奇心に突き動かされ、そうして見た死体の顔は、


「……え?」


 『私』の顔をしていた。

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