第10話 くだらない話をしよう

 ――くだらない話をしよう。

 

 そんな風に言われても、三人は思いつかなかった。

 途方に暮れてしまった。

 そう言った方が正しいのかもしれない。


 事実、くだらない話をしようにも、誰も何も言わず、無言の状態が続いた。


「そもそも何を話せばいいんだよ、くだらない話ってさ」


 頬杖を突きながら、『俺』はげんなりとした顔で言った。


「笑える話でもすればいいのか?」

「それはもう『笑い話』でしょ」


 すかさず突っ込んだのは、左隣にいる『私』だった。


「なら、思いつくのかよ。『くだらない話』」

「それは……」


 言葉を濁す『私』を置いて、『僕』に視線を向けた。


「そっちは? 何か思いついたのかよ」

「さっぱり」

「おい……」


 そもそもその手の話をしたがったのは、『僕』ではないか。


「だけど……」

「だけど?」

「この状況だから。何だって『くだらない話』になると思う」

「……ああ」

「確かに」

「言われたら、確かにそうだな」


 ――とはいえ。

 無理に引き出そうとしても、『くだらない話』は続かないし、出てこない。

 また、無言が続くかと思った、その時だった。


「――冷蔵庫の中身でも見てみる?」


 場の空気を切り替えるべく、『私』が立ちあがった。


「冷蔵庫?」

「そんなの見て、何になる」

「水ぐらいはあるでしょ? それに……」

「それに?」

「気にならない? この部屋の住人が何してたかとか」


 好奇心だった。


「冷蔵庫の中身って、意外に性格出るのよ?」


 面白いでしょ?と言わんばかりの態度だった。

『僕』と『俺』は顔を見合わせた。


「勝手に開けたら失礼じゃない?」

「何を今更」


 止めるのも聞かず、『私』は冷蔵庫の蓋を開けた。

 途端、顔をしかめた。


「どうしたの?」

「水しか入ってない……」


 冷蔵庫の中は、空っぽだった。あるのは2ℓの水が入ったペットボトルだけ。


「この部屋の住人は何考えてるのよ……」


 ぼやきながら、ペットボトルに手を伸ばそうとして、

 ふと目に入った。


「?」


 それは、使いかけの錠剤だった。

 見覚えのないはずのそれが、何故か身に覚えがあった。


「ねぇ、これ……」


 二人に声をかけながら、『私』は言った。


「睡眠薬じゃない?」

「は?」

「睡眠薬?」


 二人が近付いてきて、『私』の手元を見た。


「ああ、確かに」

「睡眠薬だな」

「睡眠薬がどうかしたの?」

「……見覚えがないの」

「「は?」」


 『俺』と『僕』の声が見事に重なった。


「見覚えないがないのに、何故か身に覚えがあるの」

「おい。なんだよ、それ……」


 呆れを隠そうともせず、『俺』はその矛盾を指摘した。


「なら、なんでこれが『睡眠薬』だって気付いたんだよ」

「え?」

「使ったことがあるから、分かったんじゃ――」

「ねぇ」


 『俺』の言葉を遮って、『私』は尋ねた。


「私、睡眠薬なんて言った?」

「言ってただろ」

「確かに言ってたよ」

「そう、よね。そうなんだけど……」


 そして、とある疑問を口にした。


「なら、なんでこれが『睡眠薬』だって気付いたの?」

「え?」

「お前、何言って――」

「だって、そうでしょ? これ、『錠剤』ってだけで『睡眠薬』だって書かれてないのよ」

「あ……」


 ようやく二人も同じ矛盾に気が付いた。

 この錠剤には説明書も何もない。

 おそらく、家主が処分したのだろう。


 ――ならば、何故?

 何故、三人全員、この錠剤を『睡眠薬』だと判断したのか。


「ねぇ……」


 冷蔵庫の前で、『私』は二人に問いかけた。


「『これ』、使ったことある人、いる?」


 誰も何も言わない。

 だけど、これは肯定じゃない。


 ――覚えがない。

 それが満場一致の答えだった。

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