第34話 ポツリと呟き、巻き戻る。

 カチッ。


 軽快な音がした。

 その音にハッと我に返って見てみれば、


 俺は何故か、人を殺した。


「は……?」


 壁に背中を預けるその人は、助けを求めようとしたのか。

 受話器を握ったまま、死んでいた。


「……!」


 首を抉る得物は、包丁だった。

 何が起きているのか、分からず、

 ずぶりと、包丁を首から引き抜くしかなかった。


 床は赤に染まっていき、

 俺の手も、包丁も、同じ色に染まっていた。


「は、なんで……」


 殺した覚えがない。

 気付けば人を殺していたなんて、


 到底受け入れられなかった。


「なん、でだよ……」


 震える手が見える。

 赤色で、少し黒みがかっていた。


「なんで……」


 呼吸が苦しい。

 息苦しい。


「なんで、俺……」


 汚れた手と包丁と死体を前に、

 俺はポツリと呟いた。


「人を、殺したんだ……?」


 カチッ。


 独白に近い言葉が、軽快な音とほぼ同時だった。

 瞬間、部屋が一変した。


 死体どころか、家具も何もない。

 真っ白な部屋になってしまった。


 まるで、空き部屋のようだった。


「何がどうなって……」


 その時、玄関の鍵が開く音がした。

 咄嗟に身構えれば、その相手は現れた。


「ああ、疲れた……」


 旅行鞄を適当に置きながら、

 その人はその場に座り込んだ。


「早く母さんに連絡しないと」


 言いながら、何故か携帯電話ではなく、

 便箋を手に何かを綴り始めた。


 ――ああ、そうか。


 その姿を見た瞬間、俺の中で何かがストンと落ちていった。

 ここはもう、俺の部屋じゃない。


 ここはもう、『僕』の部屋になっていた。

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