第40話 気になるからこそ、刺してみた。

 無性に何かが気になった。


 転がっている『俺』の死体。

 何度も何度も刺されたせいで、体中から滲み出る赤の色。


 躊躇ったせいか、それとも余程恨みが募っていたのか。

 両方な気がするのは、何故だろうか。


 その理由を、知っている気がする。


「どうしたんだよ?」


 俺が怪訝な顔をして、

 僕も「どうしたの?」と聞いてくる。


 だけど、その言葉に、答える余裕がない。

 何故か、ふらふらと何かが手を取った。


「…………どうしたの?」


 手に取った物を見て、間を置いて、僕は同じ言葉を繰り返す。


「無性に気になったの」

「何が?」

「これ」


 指差す方向には、俺の死体が転がっていた。


「俺の死体がどうかしたのかよ」

「試してみたいことがあるの」

「試してみたいこと?」


 怪訝な顔をされても、自分の言葉が聞こえても、

 何故か、声がやけに遠く感じた。


「時系列順に、今を考えるのも悪くないと思うの」


 握るそれを、両手で囲い込んで、

 死体の側まで近寄った。


「でも、私、思ったの」


 しゃがみ込んで、死体目掛けて、


「こうしたほうが早いでしょ?」


 包丁を振り下ろした。

 服が邪魔するせいか、それとも死体だったからか。


 包丁を突き刺した感触は、あまり通りが良くなかった。


「おい、俺の死体を汚すなよ」


 俺は顔を顰めて、私に抗議した。


「ああ、ごめんなさい。でも、これで分かったわ」

「何がだよ」


「私、あなたを殺したの」


「……は?」

「私、あなたを殺したの」

「何言って、」

「そのままの意味よ」

「だから、」


「私、あなたの次に引っ越してきたって言ったでしょ?」

「言ってたな」

「その西暦なんだけど―――」


 その年を口にして、僕はポツリと呟いた。


「それ、事件が起きた年だ」

「溺死事件?」

「そうだけど」


「それ、多分私だわ」

「さっきから何言って」

「だって、」


 言いかけて、ばしゃんという音がした。

 風呂場からだった。


 三人が風呂場の扉を開ければ、

 浴槽に浸かり込んだ、溺死体があった。


 私は躊躇なく、溺死体の髪を摑み上げ、

 その顔を僕と俺に見せてきた。


「ほら、言ったでしょ」


 溺死体の顔は間違いなく、


「これが第二の被害者よ」


 私の顔をしていた。



* * *



「被害者なのは分かった」


 自分とはいえ、溺死体を無理矢理摑んだせいで、

 服が水で濡れてしまった。


 適当にあったタオルで、濡れた腕を拭っていると、

 俺が溜め息を吐いた。


「だけど、おかしいだろ」

「何が?」


「時系列的に不可能だから」


 僕は肩をすくめて、指摘した。

 

 俺が死んだ二年後、私が二年前の俺を殺す。

 

 これだけ切り取れば、別段不可能かと言われたら、

 決して不可能ではない。


 俺と私の間に何らかの接点があり、

 何らかのトラブルに巻き込まれ、

 何らかの方法を用いて、


 私は俺の部屋に侵入し、俺を殺害後、何食わぬ顔をして、

 俺の部屋を自分の部屋にして、

 殺害方法や証拠などを揉み消した。


 という可能性がなくはない。


 が、ここで矛盾が生じる。


 二人の接点がないのもそうだが、

 そんなのは些細な問題だった。


 最大の問題は、私曰く、


「死んだ後に、彼を殺したの」


 などと言い放ったせいだった。

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