第41話 覚えがあるから、やってみる。

「だって、覚えがあるもの」

「俺を殺した時の?」

「感触よ」


 私は死体を刺した時の感触を思い出す。

 死体のせいで感触は良くなかったが、

 それでも覚えがあることに気が付いた。


「それ、殺し合った時のじゃないの?」

「違うわ」


 僕の言葉に、私は首を振った。


「なんとなく、違うの」

「どこが?」

「あの時は刺す以外にも色々やったでしょ?」

「そうだけど」

「色々やったというより、刺すだけの感触が、手に残ってる感じ」


 無我夢中で、刺し続けていく。

 その感触は溺死体を刺した時とも違う。


 あれは、抉っていく感覚に近い。


「二人は覚えがないの?」

「覚え?」

「こう、何かした感触」

「ぼやッとしすぎだろ」


 俺が呆れて言えば、僕は首を傾げて呟いた。


「覚え……覚え……覚え……」


 鋏を手にくい込ませた感触は、覚えがなかった。

 ただ、鋏を握り締める感触は、覚えがある。


 それは誰にでもあると言われたら、それまでだが。


「……?」


 ふと、テーブルに置かれたマグカップが目に入る。

 可愛らしい花柄と、黒色のマグカップ。


 二種類のマグカップを見比べて、手に取ったのは、


 花柄のマグカップだった。


「それ、私のよ」

「そうなの?」

「そうよ」

「そうなんだ……」


 言いながら、じっとマグカップを見つめている。


「何? 人のマグカップを見つめて……」

「いや、気になったから?」

「何が?」

「中身」


 振り向いて、僕が私に言った。

 

「見てもいい?」

「は?」

「え?」


 私の言葉も待たずに、僕はマグカップを持って、

 洗面台に向かい、


 その中身をぶちまけた。


「何して……」

「確認」

「は……?」


 二人の困惑も気にせず、

 流れていくココアを見届けながら、


 流れないある物を見つけ出す。


「ああ、これだ」

「どれよ?」

「これ」


 手に取ったのは、


「僕の睡眠薬」

 

 溶けかけの睡眠薬だった。


「なんで睡眠薬なんか入ってるのよ」

「入れたから」

「は?」


「僕が君のマグカップに入れたんだ」


 言いながら、僕は風呂場の扉を開けた。

 そこには、変わらず手足を縛られて、

 

 風呂場に沈む死体がある。


 その死体を一気に沈ませた。


 水面に泡がぷくぷくと浮かんだが、

 そのまま、蓋をしようとして、


「何やってるの!?」


 腕を摑まれて、振り返れば、

 私が僕を睨んでいた。


「勝手に私の死体を沈ませないで」

「思い出してたんだよ」

「何を」

「一連の動作を」


 蓋は諦めて、ため息を吐いた。


「覚えがあるんだ」


 死体から手を離そうとして、

 髪が手に絡みついてきた。


「まだちゃんと思い出せてないけど……」


 なるほど、これは確かに、


「僕が殺したのは、君だよ」


 気持ちが悪い。

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