第42話 覚えてないけど、覚えてる。
「……殺したの?」
「みたいだね」
私の言葉に、僕は肩をすくめた。
途端、私は若干呆れた顔になった。
「みたいだねって……」
「覚えてないのか?」
「覚えてないよ。覚えてるだけ」
「……矛盾してない?」
「してない」
他人事のような言い草に、怪訝な顔をする二人に対して、
僕は首を振った。
「覚えてるのは殺害方法だけで、殺した理由までは覚えてない」
「最悪じゃない」
私が憤慨したように嘆いた。
「方法が分かっても、理由が分からないんじゃ、意味ないじゃない」
理由が分かった上で、方法が分かれば何の問題もない。
だが、殺した方法が分かったところで、
理由がない状態では、
頭の中がすっきりしない感じがした。
「それは君も同じでしょ?」
「どういう意味よ」
「そっち」
指を差された先には、俺がいた。
「……俺か?」
「殺したのは覚えてても、理由までは覚えてないんでしょ?」
「そうだけど」
「なら、僕のこと言えないでしょ」
「それもそうだけど……」
言い包められたような気がして、悔しさを覚えた。
だが、言ったところで始まらない。
「で、どうやって私を殺したのよ」
「気になるの?」
「気になるに決まってるじゃない」
理由が分からないのはすっきりしないが、
それとこれとは話が別だ。
自分を殺した過程ぐらい、知りたいものだ。
「それもそうだね」
納得したのか、僕は頷いた。
「分かってた。後で教える」
「今じゃないの?」
「今じゃない。今は……」
言いながら、また俺に視線を向けてくる。
「僕が死んだ理由が知りたい」
僕と私の視線を受けて、俺は怪訝な顔をする。
「俺か?」
「殺した覚えない?」
「誰を?」
「僕を」
「さっき殺し合っただろ」
「いや、それは関係なくて」
死体の髪に絡まった手を引き抜くと、
何本か髪が引き抜かれてしまった。
おかげで、気持ち悪い上に、私には睨まれたが、
気にする様子もなく、
僕は俺に言った。
「僕達みたいに、君も僕を殺したんじゃないかなって思って」
「なんで、俺がお前を殺す必要があるんだよ」
「それは分からないけど、でも覚えはあると思う」
「根拠は?」
「これ」
死体の手足を縛りつける、太い縄。
「僕、これに覚えないんだ」
「私もないわ」
「ああ、それは……」
言いかけて、はとと気が付いた。
そうだ、これは、
「俺が使っていた縄だ」
いや、少し語弊がある。
正確には引っ越しの為とか言いながら、買ったはいいが、
使わないで棚の奥に閉まっていた、
あの太い縄だった。
「なんで、これがあるんだよ?」
「あったから使ったんだよ」
僕は肩をすくめて、俺に言った。
「あるけど、見てみる?」
* * *
「これだよ」
リビングに戻って、引き出しを開ければ、
目的のものはすぐに見つかった。
「ああ、これだな」
今思えば、必要ないだろ。と言いたくなるほど、
丈夫で、太い縄だった。
これなら、
「人の首、縛るのもできそうだね」
一瞬、思ったことが口に出たのかと思った。
「縛ってみる?」
「何を?」
「僕の首を」
言えば、あからさまに嫌そうな顔をした。
「なんでだよ」
「首を絞めれば、何か分かるんじゃない?」
「だからって、自分の首を絞めろなんて言わないだろ、普通」
言い捨てて、俺はため息を吐いた。
そして、縄の手触りを確かめた。
覚えがある。
買った覚えがある。
だが、それとはまた違う、使った覚えがある気がした。
何に使った?
どんな用途で?
どんな形で、どんな状況で、
これを、何に対して、
「縛り上げた……?」
――カタンと音がした。
三人が見れば、マグカップが一つ増えていた。
湯気の立った、ホットミルク。
その中には、
「睡眠薬だ」
睡眠薬が混入していた。
「これを入れたのは、」
「俺だ」
無意識にそんな言葉を口走っていた。
二人の視線が向けられるが、大して気にならなかった。
「これ、僕のだよ」
「知ってる」
「なんで入れたの?」
「それは……」
無意識にも近く、会話しながら、
頭の中で何かがはじけ飛ぶ。
そうだ、これを入れたのは、
「首吊り死体を作るためだ」
――カチッ。
あの嫌な音が耳に届いた。
その瞬間、天井が揺れた。
振り返れば、何かが天井からぶら下がっている。
首吊り死体だった。
ギィギィと規則正しく、丁寧に、
ゆらゆらと揺れている、首吊り死体。
その顔は、当然、
「僕の顔だ」
僕の顔をしていた。
「結局、振り出しね」
あきらめと疲れが混じった溜め息を吐いた。
「そうだな」
その言葉に同意する声があった。
「そうでもないよ」
それを否定する声が聞こえた。
「分かったことが沢山あるじゃない」
この密室に閉じ込められているのは変わらない。
だけど、同時に分かったことがある。
部屋に閉じ込めれた三人と、同じ数だけの三体の死体。
数が合っているのは、当たり前だった。
首吊り死体は僕で、
溺死体は私で、
刺殺体は俺だった。
閉じ込めれていた三人は、全員もれなく、
死んでいた。
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