第13話 見つけたものは、

 ――身に覚えのある物。

 それはすぐに見つかった。


「……あった」


 手紙や葉書。

 筆記用具に、メモ用紙。

 固定電話が置かれた棚の引き出しに仕舞われていた。


「見つかった?」


 声をかけてきたのは、『私』だった。


「そっちも?」

「思ったより」

「見つかったのか?」


 二人同時に振り返ると、『俺』が立っていた。


「そっちも?」

「比較的」

「どんなの見つけたの?」

「服だな」

「他には?」

「包丁だな」

「……他には?」

「マグカップ。三つな」

「……それだけ?」

「それだけだ」

「統一性ないのね……」

「はっきり言うなよ」


 思わず零れた『私』の言葉に、『俺』は言い返した。


「なら、そっちはどんなの見つけたんだよ」

「ガムテープ」

「他は?」

「紐。分厚くて太い紐ね」

「他は?」

「他は鋏だけよ」

「……それだけか?」

「それだけよ」

「物騒だな」

「包丁持ってる人に言われたくないわ」

「確かに……」

「同意するなよ、そこは」


 ため息を吐く『俺』が、ちらりと『僕』を見た。


「で、そっちは?」

「筆記用具とメモ用紙。あとは手紙と葉書」

「それだけか?」

「それだけだよ」

「……普通だな」

「当たり障りのない物ね」

「はっきり言わないでよ、そこは……」


 がっくりと肩を落とした。


「私達が集めた物って、どれもバラバラね」

「そうだな」

「そうだね……」


 三者三様であり、統一性はまるでない。

 少なくとも、そう見えていた。


「そもそも、なんでそれ選んだんだよ」

「ああ、これ?」


 『身に覚え』があって、『当たり障りのない物』達。

 なんで、これを選んだか。

 答えはもう、決まっている。


「遺書の偽造に使ったんだ」

「は?」

「偽造?」

「そう、偽造だよ」


 怪訝な顔をする二人に、『僕』は頷いた。


「あの三体の死体、覚えてる?」

「覚えてるけど」

「『あれ』の心中を偽造するために、遺書を書いたんだ」

「……は?」

「葉書や手紙の文字を見ながら。もちろん、見様見真似だったけど。」

「それで逃げられるとは思えないけど……」

「分かってるよ。今なら」


 手元にある葉書や手紙に視線を落とした。


「だけど、分からなかった。それだけだよ」

「……安易だな」

「そうだね」

「けど、俺も人のこと、言えないな」

「え?」

「自首しようとした。耐え切れなくて」

「自首?」

「そう、自首だ」


『俺』は手元にある『統一性のない』物を見た。


「この包丁で、死体の首を抉った。その感触は今でも覚えてる」

「……」

「で、この服は着替えに使った。血だらけで気持ち悪かったから」


 今の『俺』の衣服は血に塗れていない。

 綺麗な物だった。

 死体が消えたせいだろうか。


「あとは、マグカップがあったからな。適当に選んで、水道水を適当に飲んだ。喉渇いてたから」

「なんで、自首を?」

「決まってるだろ。外に出たかったんだ」

「……」

「後のことなんか、どうでもよかった。それだけだ」

「……比較的、二人共まともね」

「え?」


 しみじみと呟いたのは『私』だった。


「これのどこが『まとも』だよ」

「私に比べたら、ずっとまともよ」

「は?」

「私、死体を刺したもの」


 鋏を上下に揺れ動いた。


「この鋏で、何回も何回も、死体を刺したわ」

「……」

「ああ、あと髪も切り刻んだわ。憂さ晴らしの一環で」


 現実逃避の一環でもあった。

 今思えばそう思う。

 手の中にある『物騒な』物に視線を移した。


「そしたら、この紐で両手両足縛られて、ガムテープで口を塞がれて――」


 淡々と言い切った。


「風呂場で溺死した」


 感情を落ち着けるためか、深いため息をついた。


「だから、紐やガムテープを持ってきた。それだけよ」


 三人共、誰もが黙り込む。――かと思えば、


「……現状をまとめてもいい?」


『僕』だった。


「つまり、僕らは全員、一度『使ったこと』がある物を持ってきた」

「そうね」

「そうだな」

「そして、僕らは何らかの形で死体に細工をしようとした」


 直接的にしろ、――間接的にしろ。


「結果、僕らは命を落とした」


 ――あの三体の死体と似たような、死に方で。


「死んだと言えるかどうかも、微妙だけど」

「それがどうしたんだよ」

「……見つけない?」

「は?」

「何を?」

「なんでこんな状況になったのか」


 何故、こんな状況に、三人が放り込まれたのか。


「見つけない?」

「……見つけて、どうするのよ」

「別にどうもしないよ」

「また、暇つぶしか?」

「それもあるけど……」

「けど?」

「見つけないと、目覚めが悪いから」


 シンプルな答えだった。


「ずっといないといけないなら、その理由が欲しいし、見つけたい」


 脱出を諦める代わりに、それ相応の理由付けが欲しい。


「これ以上の理由なんて、ないと思う」

「あるだろ、普通に」


 『俺』は言い返した。


「『いないといけない』理由付けがあるなら、『いないでいい』理由付けが、俺は欲しい」

「ああ、そう言う考えがあるのか……」

「あるだろ、普通に」

「……そっちは?」

「私?」


 話を振られたものの、すぐに思いつかない。


「私は……」


 それでも、不意に思いつく。


「私は理由付けとかよりも――」

「よりも?」

「『私』が欲しい」


 性格が垣間見えた時の、あの喜び。

 噛み締める思い。

 あれを、もう一度――


「私は、名前が欲しい」

「……」

「自分の名前が、欲しい」

「……」

「そのためなら、この状況を整理するのでも何でもいい」


 一気に言い募った。


「だから――」


 そして、他の二人を見た。


「話し合ってもいいと思う。この状況についても」

「……利害が一致したな」

「そうだね」


 三人の同意は得られた。

 だから、今度こそ――


「話し合おう、この状況について」


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