第19話 越してきたのは、
『僕』が首を吊って死んでいた。
相当足掻いた跡がある。
太く分厚い縄で、力なく吊るされていた。
「……」
すぐ側には脚立が倒れていた。
誰が見ても、『僕』は自殺したように見えるだろう。
遺書はない。
侵入された形跡もなく、
外からの犯行は考えにくく、
発作的に命を絶ったという可能性の方があり得そうだった。
「……」
鍵は壊れた様子もなく。
窓もきちんと施錠された状態で。
「……無理か」
完全犯罪という表現が正しいのか、分からない。
ただ、マグカップを見れば、
睡眠薬を、『僕』は飲んでいた。
それ自体、不思議に思わない。
処方された薬を飲む。
いたって普通で、当たり前。
だけど、
「こんな風に飲む訳ないんだけどな」
ホットミルクを飲んでいた。
その中に、睡眠薬が入っていた。
普段、睡眠薬は水で飲んでいる。
こんな風に混ぜて、飲むような真似はしない。
だから、確信できた。
『僕』は、誰かに殺された。
何故そんな確信できるのか?
決まってる。
それは――
カチッ。
「タイムリミットか……」
ため息をついて、上を見上げた。
そこに首を吊った『僕』の姿はなく、
代わりに玄関の扉が開く音がした。
鍵を仕舞う音が、
靴を仕舞う音が、
こちらに近付いてくる音が、
そして――
家主が現れた。
「疲れた……」
旅行鞄を置いて、呟く家主の顔は、
『僕』の顔をしていた。
「早く母さんに連絡しないと」
言いながら、携帯電話ではなく、
封筒と、便箋を手に取って、何かを書き始めた。
「……」
『僕』はこちらを気にする素振りもなく。
ましてや気付く様子もない。
おかしいのは部屋の中も含まれる。
さっきまであったカレンダーも、
罅割れた掛け時計も、
家具も何もかも、
この部屋は空っぽに戻っていた。
『僕』は数か月後、
新生活にも慣れて、
家具も何もかも揃った状態で、
首を吊って死んだのだ。
だから、これは、死ぬ数か月前の『僕』の姿だった。
そして、その姿を見続けているのは、
数か月後に死んだ、未来の≪僕≫自身だった。
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