第18話 呑み干したのは、

 『僕』がいない。


 後に残ったのは、『私』と『俺』だけだった。


「あいつは? どこにいるんだ?」


 瞬きする間もなく、忽然と姿を消した『僕』。

 最初からいなかった。

 そんな錯覚さえ覚えてしまう程だった。


「どこにもいない」


 確信に近い呟きだった。


「けど、ここから――」

「……外に、出たのかも」


 出るのなんか、不可能なのに。

 何故かそんな言葉が零れ落ちた。


「外に?」

「だって『いない』ってことはそういうことでしょ?」


 仮にそうだったとして。

 一体何故、出られたのか。


「……出れないだろ」

「けど、様子がおかしかったし」


 何か見つけたのかもしれない。


「何かってなんだよ」

「それは……」


 言い淀んで、視線が彷徨う。

 

「……これとか?」


 手紙を手に取った。


「これ読んで、おかしなこと言ってたし」


 ――『死んでたんだった』


「半分読んで。もう半分は私が読むから」

「……分かった」


 相当な量だったが、二人で読めば大した量じゃなかった。


「……」

「……」


 日常が書かれていた。

 何を思ったのか、考えたのか、感じたのか。

 手紙の中に、細やかな日常があった。


 それは日記に近いものだった。


「特にないけど、そっちは?」


 目ぼしい情報もなく、『俺』に話を振った。

 しかし、『俺』は答えない。


「何、どうし――」


 『どうしたの』と聞き返そうとした時。

 さっきの『僕』と同じように、立ち上がって、手紙を手放して、


 包丁を、手に取った。


「何して――」

「思い出したんだよ」


 包丁を、自分の首にかざして、


「そういえば、俺は、」


 血が出るのも構わずに、


「殺したんだった」


 一気に、自分の首を突いた。


 そして、『俺』もいなくなった。


「え……?」


 意味が分からない。

 何故、手紙を読んで消えたのか。

 こんな他愛もないのに何が、


「……」


 急くように、散らばった手紙を手に取った。

 別段、特別なことは何も書かれてない。


 何も――


『睡眠薬を処方してもらった』


「は?」


一文が、目を引いた。


『睡眠薬』


それは、冷蔵庫の中に入っていたあの――


「睡眠薬、睡眠薬、睡眠薬、」


何かが思い出せそうで、

何をすれば、思い出せるのか。


分かった気がした。


「…………」


無言のまま、立ち上がった。

その際、手紙が床に落ちたものの、大して気にならなかった。


マグカップを手に取って、

残りの睡眠薬を、入れ込んだ。


水に溶かして、飲み干した。


ぐらりと視界が歪んだ。

しかし、まだ足りない。

覚束ない足取りで、浴槽まで歩いていった。


浴槽には水が溜まっていて、

その中に顔まで身体ごと漬け込んだ。


「……思い、出した」


――瞼が重い。


「そういえば、私、は」


――眠い。


「自殺、したんだった」


『私』は、瞼を閉じた。

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