第38話 変な顔して、指摘する。
「これで僕が知ってるのは全部だよ」
肩をすくめて、締めくくる。
僕が知っている事件の概要を説明すれば、
私が怪訝な顔で、首を傾げた。
「二件目はともかく、一件目は知ってるわ」
「そうなの?」
「ニュースにでもなったのか?」
「違うけど」
刺殺事件なんか、それこそありふれた事件だった。
当事者でもない限り、忘れていくような話だった。
なのに、私が覚えていたのは、
「説明されたの」
「説明?」
「入居する前にね」
「入居?」
「そう、入居」
私は何でもないように、言い放った。
「事件の二年後に入居したの、私」
「は?」
信じられないとでも言いたげに、俺が眉を寄せた。
「正気かよ。普通住まないだろ」
「仕方なかったのよ。あの時は」
入居するところなんかなかった。
あったのは、殺人事件が原因で人が寄らなくなった、
この部屋だけだった。
「僕も似たようなものだよ」
僕も私に便乗した。
「部屋はここが一番安かったから」
何せ、二件も殺人事件が起こったのだ。
多分私の時以上に、誰も住みたがらなかった。
「そんなに?」
「うん、破格だった」
「いや、だからって住まないだろ」
呆れた様子で、ため息を吐きながら、
俺は僕を見返した。
「それで、住んだのは何年前だよ?」
「二件目の事件が起きてから、三年後だよ」
「そう、か?」
俺が変な顔をした。
「どうしたのよ」
「いや……」
私に声をかけられても、俺は変な顔をしたままだった。
「ねぇ――」
「……なぁ、俺、大学生だったんだ」
「は?」
「いきなり、どうしたの?」
「卒業間近で、卒論とか就活が終わらなくてだな」
「だから――」
「俺じゃないか?」
唐突に話し始めて、俺は唐突に話を振った。
「一件目に起きた殺人事件」
「え?」
「は?」
「被害者、俺じゃないか?」
俺自身、言っている意味を分かっているようで、
混乱しているように見えた。
「……何言ってるの?」
長くて、短い沈黙を破ったのは、私だった。
「生きてるじゃない、死んでないでしょ」
「分かってる、分かってるけどな。それだと辻褄が合わないんだ」
「辻褄?」
「だってそうだろ?」
自分自身の言葉に混乱しながら、それでも俺は言った。
「二人が住む前、住んでたのは俺なんだから」
「え?」
「は?」
「俺が覚えている最後の西暦が――」
二人に、改めて俺が覚えている西暦を口にした。
「――事件が起きた年だ」
ポツリと呟いたのは、僕だった。
「だろ? だったら、俺が」
カチッとあの音が鳴った。
反射的に身体が強張ったものの、何も起こらない。
だけど、ドサリと何かが落ちる音がする。
三人がそちらに顔を向ければ、
「………」
マグカップがある。
中身でコーヒーで、飲みかけで、
だけど、そんなものはどうでもいい。
「あ……」
赤に染まっていく床には、仰向けに倒れる死体がある。
その顔は、確かに、
「最初の被害者だ」
俺の顔だった。
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