第3話 「死んでるくせに」と、考えた
水死体の髪を切っていく。
最初は、腕に巻き付いた鬱陶しいそれを切り落としただけだった。
何より、自分の体に巻き付いているのが、
漠然とした嫌悪と恐怖心に駆られたせいだった。
『私』の腕に巻き付く死体の髪は、
まるで縋りつかれているような感覚があって、
気持ち悪い。
ただそれだけだった。
――『私』はいつの間にか浴槽の水死体を眺めていた。
入浴中だったのか。
浴槽の中まで全身が浸かっており、顔まで見えない状態だった。
ただ、『私』は水死体の髪が巻き付いていて、その髪を鋭利な鋏で切り落そうとしている。
そんな光景から、『私』の記憶は始まった。
何が起きたのか正直分からず、最初こそ混乱した。
やむを得ず、絡みつく髪をはさみを切り落とし、お風呂場から出た。
そして、目を疑う光景が広がっていた。
水死体の他に、死体が二体。
汚物の悪臭が漂う、首吊り死体が一体。
壁に横たわり、出血死した死体が一体。
計三体の死体が転がっていたのだ。
生きているのは『私』だけだった。
なんでこんな惨劇が起こったのか。
なんで『私』がここにいるのか。
何もかもが悪夢でしかなく。
『私』は反射的に逃げようとした。
しかし、カチッという音が耳にした瞬間。
『私』はまた水死体の側にいた。
逃げようとしても。
人として当たり前の行動を――通報をしようとして受話器を取っても。
誰かに助けを求めようとしても。
また『私』は舞い戻ってくる。
そのうち、段々感覚がおかしくなってきた。
死体がある光景に目が慣れてきてしまう。
人として、何が正しいとか。
何が悪いのかとか。
善悪の境界線なんか、『ここ』では無意味だった。
あやふやなものよりも、今目の前に広がる光景こそ重要で。
三体の死体に――特に水死体にどうしようもない苛立ちと嫌悪を抱き始めていく。
自分の腕に絡みつく髪が鬱陶しい。
死んでいるくせに、生きている『私』に縋りつくような真似をしないでほしい。
ただただ、気持ち悪い。吐き気がする。
だから、私は水死体の髪を切っていく。
最初の死体への罪悪感だとか恐怖心だとか、そんな感覚はとっくに麻痺していた。
この状況から逃げられないのは『こいつ』のせいだ。
何故かそんなことを考え、憂さ晴らしと仕返しも兼ねて、
死体の髪が無造作に、適当に切っていく。
次々に浴槽に浮かぶ髪の毛が、ちょっと面白かった。
最終的に不格好な髪形になって、溜飲が下がった気がした。
他の死体も傷つけたら、もっと楽になれるだろうか。
ふと考え、お風呂場から出ようとした瞬間。
カチッ。
――『私』はいつの間にか、水死体になって死んでいた。
辛うじて、意識があったが、
口にはガムテープを、両手足に縄で縛られ身動きが取れない。
もがき溺れる中、『私』はあることに気づく。
あの水死体がない。
代わりに『私』が溺れ死のうとしている。
なんでこんな状況になっているのか。
分かりもせず、理解もできないまま。
『私』はそのまま、溺死した。
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