第15話 照らし合わせて見てみれば、

「こんなものか?」


 話し合いはそこまで続かなった。

 情報よりも、三人共疑問の方が先に立ったからだ。

 それでも書き出すだけ書き出した。

 そのメモを二人にも見せた。


「よくまとまってると思う」

「でも、字が汚い」

「これでも綺麗に書いた方だ」


 言い返しながら、改めて自分の字を見る。

 それはお世辞にも綺麗とは言い難かった。

 だとしても、人が見ても分かる字を書いた筈だ、多分。


「そういうお前はどうなんだよ」

「私? 私は――」


 言いながら、まっさらなメモ用紙を破り取り、ボールペンを手に取った。

 『私』はそこにサラサラと書き綴り、


「こんな字だけど?」


 二人に見せた。


「綺麗な字だね」

「……だな」


 『私』の字は、流麗だった。

 繊細よりも、綺麗。

 そんな表現が似合うような字だった。


「そっちの字はどうなの?」

「僕? 僕は――」


 言いかけて、ハッと我に返る。


「それよりまずは話し合いだよ、話し合い」

「……そういえば、そうだったな」

「呑気に文字の優劣なんて考えてる場合じゃなかったわ」


「それで……何から話す?」


 すでに、部屋のことは出尽くした。

 あとは、


「死体、だな」

「そうよね」

「そうなるよね」


 三人が見た、三体の死体についてだった。

 三人が見た、死体は――


「違ったんだよな、死体」

「……」


 三人の意見は、見た筈の死体の状況が微妙に食い違っていた。


「さっきも言った通りだけど、僕が見た死体は――」


 まず『僕』が見た三体の死体。


「僕は死体の首を縛ってた。それ以外の死体も何度も見た。だから、間違いない」


 断言する。


「溺死体は風呂場で沈んでいたけど、ガムテープとか紐とか縛られてなかったよ」


 普通に入浴中に溺れて死んだ。

 そんな状況だった。


「それと、もう一体はあそこで――」


 固定電話が置かれた棚の横を指差した。


「身体を預けるような格好で死んでた」

「違う」


 即座に『私』は否定した。


「確かに出血死体と溺死体はそうたけど、他が違う」


 『私』が見た死体の状況は、『僕』とは違う光景だった。


「私が見たのは、首を吊った死体だった。だから――」


「それを言うなら、俺もだ」


 そして、『俺』は『私』とも『僕』とも違う主張だった。


「出血死体は同じでも、他が違う」


 首吊り死体を。

 出血死体を。

 そして、


「俺が見た溺死体は口や手足を縛られて死んでいた」


 明らかな作為を感じる死に方だった。


「だから――」

「やっぱり食い違うよね、ここだけ」


 そうだ。

 首吊り死、溺死体、出血死体――――

 同じ死に方をした三体の死体を見た筈なのに、

 その『死に様』だけは何故か違うのだ。


 決定的に。

 どれかが重なっていても、どれか一つが重ならない。

 何故なのか。

 三人共、分からなかった。

 何より――


「最後見た死体は、自分の顔だった」

「……」

「……」

「そうだよね?」

「そうだな」

「あの顔は確かに、私の顔だった」


 三人がこの部屋に集う直前、見た死体の顔は、

 自分の顔そのものだった。


「あれ、結局、なんだったの……?」

「……分からない」


 話し合いなのに。

 何も分からないことだらけだった。


「保留ばかりだな」


 一向に話し合いが進まない。

 内心の苛立ちを隠せずに、『俺』が言えば、


「仕方がないよ、情報が少なすぎるんだから」


 『僕』も苦い気持ちで、左右に首を振った。


「せめて、何かヒントがあれば……」


 言いながら、『私』は視線を彷徨わせ、


「あ……」


 『僕』が見つけた手紙や葉書を手に取った。


「これは?」

「それ?」

「手紙がどうしたんだよ」

「これを見れば」


 『私』は二人に提案した。


「これなら、家主のこと少しは分かるんじゃない?」

「分かるのかよ、それで」

「こんなに手紙や葉書があるみたいだし」


 『私』の言う通り、手紙や葉書だけでも結構な量だった。

 家主はどうやら、かなりまめな性格だったらしい。


「これで、何かあれば――」


 言いながら、封筒に入った手紙を取り出して――


「……?」


 妙な既視感を覚えた。


「……どうしたんだよ?」


 表情が固まった『私』を怪訝に思ったのか。

 聞き返す『俺』に、『私』は言った。


「……メモ用紙」

「は?」

「私が書いたメモ用紙、貸して」


 いきなり何を言い出したのか。

 戸惑いながらも、言う通りにした。


「……」


 それを奪うようにして取って、

 照らし合わせるように、『私』はメモ用紙と手紙を交互に見た。


「さっきから、何して――」

「……私の字」

「は?」

「これ、私の字だ……」

「何言って――」

「これも見て」

「は?」

「私の字じゃないから」


 半ば押し付けるような形で、葉書や手紙の一部を、『俺』に手渡した。


「ったく、何だよ急に」


 悪態をつきながら、一枚一枚目を通した。


 そして、『俺』は、


「…………嘘だろ?」


 呆然とした。


「どうしたの? 二人共」


 先程から二人の様子がおかしい。


「……お前の字」

「え」

「お前の字、書いて、手紙見てみろ」


 異様な雰囲気だった。


 逆らえるようなものでもなく、書かない理由もなく、

 『僕』は、『僕』の字を書いた。


 初めて見た字は下手でもなく、上手くもない。

 ごくありふれた字だった。


「書いたよ」

「これ、見てみろ」


 渡された葉書や手紙を見てみれば、


「……あれ?」


 見たことがある字が綴られていた。


「見たか?」

「……見たけど」

「それで、どうだ?」

「……うん」


 手紙の字は上手くもなく、下手でもない。

 ごくありふれた、その文字は、


「僕の字だ」


 『僕』の字で綴られていた。

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