第43話 仕方がないから、見始める。

「これ、どうするんだよ」

「これ?」

「これよ」


 私と俺が指差す先は、三体の死体。

 僕達の死体だった。


「ああ……」


 死体はどうするかなんて、そんなの、

 

「置いておけばいいんじゃない?」


 溺死体に、刺殺体に、首吊り死体。

 それが自分の死体だなんて、

 普通だったら、発狂するしかない光景だった。


 だけど、発狂したところで仕方がない。


「現場保存?みたいな感じで」

「それもそうだな」

「そうね、それがいいと思う」


 発狂しようが、殺し合いをしようが、意味がないのは、

 既に実証済みだった。


 なら、そのままにしといても何の問題もない。

 それが僕らの結論だった。


「それでこれからのことなんだけど」

「これからなんかあるか?」

「冷やかさないでよ、それで?」

「理由」


 ポツリと、私が呟いた。


「まず、理由を知りたい」

「理由?」

「殺した理由」


 殺した状況だとか、方法だとか、

 そんなものは全部後回しだ。


「殺された自覚はないけど、殺した自覚はあるから」


 何のためにとか、何か目的があってとか、

 そんな明確な理由なんかない。


 その確信はある。


 なら、どうして殺されたのか。どうして殺してしまったのか。

 その理由が知りたい。


 脱出の次に知りたいのは、それだけだった。


「理由か……」

「なんだろうね……」


 俺と僕は首を傾げた。

 殺した方法なら、思い出せるのだ。


 しかし、いざ理由を言えとなると、

 靄がかかったかのように、あるのは疑問だけだった。


「いっそ、再現してくれたらいいのに」

 

 ため息混じりに、僕は言った。


「再現?」

「殺した現場を」

「誰が?」


「この部屋が」


 思い出せないなら、仕方がない。

 なら、この部屋は見ている筈だ。


 僕達が殺し、殺された一部始終を。


 いちいちカチカチが鳴るのなら、そこまで巻き戻って、

 再現してくれたらいいのに。


 そうしたら、思い出す手間も省けるのに。


「非現実的でしょ、そんなの」


 バッサリと、私は僕の言葉を切り捨てた。


「ありえないだろ」


 あきれた様子で、俺が否定した。


「……だよね」


 僕は肩をすくめて、その言葉に頷いた。


「そんなご都合主義……」


 カチッ。


 あの音が耳に届いた。


「え……」


 何も起きない。

 いや、起きた。


『ああ、疲れたな』


 玄関口から声が聞こえた。

 目を向ければ、誰かが扉を開けて入ってきた。


 その誰かは、


「俺だ」


 呆然と、呟いた。


 僕らも死体も目に入らないのか。

 『俺』は疲れた様子で、リビングの照明を点けるため、

 リモコンに手を伸ばす。


 そんな当たり前の動作が、酷く違和感を覚えるものだった。


「なんで……」


 引き攣った声しか出ない。

 何が起きているのかすら分からない。


「……あれ?」


 僕が初めて気が付いた。


「まだ、誰かいる」

「え?」

「は?」


 言われてみれば、『俺』の他に、誰かいた。

 しかしその『誰か』のことも見えていないのか、


 『俺』は日常生活を過ごしている。


 その姿を見続けているのは、


「私だ」


 睨みつけるような眼差しで、【私】がじっと、

 『俺』の生活を見続けていた。


「再現だ」


 殺人に至るまでの。

 そう言ったのは、誰だったのか。


 まるで映画を見ているかのような、

 そんな心地で、僕達は、


 一部始終を目撃する羽目になった。

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