第28話 仕方がないから、妥協する。

 最近、視線を感じる。

 それは会社じゃなくて、


 一人で住んでる筈の、『私』の部屋だった。

 この部屋は曰く付きで、割と安いめで、


 一人暮らしがしたくて、

 そのための部屋を探していたけど、

 どこもいっぱいで、気に入るところがなくて、


 仕方なくここで妥協した。


 友達や家族には、「大丈夫なの?」と心配されたけど。

 社会人にもなって、一人暮らしもできない。


 そのことに思うところがあったのだ。

 別に一生暮らす訳じゃない。


 お金が溜まれば、出ていくつもりだった。


 なのに、


「会社辞めたい」


 そんな言葉が零れ落ちていた。


 社会人になって、会社に入社して、

 その仕事が、『私』には全然合わなかったのだ。


 慣れていけばいい。

 そのうち、合わないなりに充実していく。


 そう思い込もうとしたけど、無理だった。


 二年。

 たった二年。


 そんな短期間で、仕事が嫌になってしまった。

 仕事が嫌なら、辞めてしまえばいい。


 そう思う一方で、辞めた後のことを考えてしまう。

 転職のための苦労話なんて、

 噂だけでも気が滅入る。


 何より、生活費を考えれば、

 どうしても気が引けた。


 実家を頼ればいい。

 だけど、頼りたくない。


 そんな見栄が、『私』の中にはあったのだ。


「私って、こんなに見栄っ張りだったっけ?」


 優柔不断だったのだろうか。

 自己嫌悪なんて、感じたこともなかったのに。


 今は自分が嫌で仕方がない。


 疲れて、目を閉じれば、

 至近距離で、視線を感じた。


 思わず目を開ければ、そこには誰もいない。


「……」


 大分、疲れているのかもしれない。

 明日は久々の休みだ。

 

 今後、どうするのか、その時考えよう。

 そうしよう。


 そういえば、温めていたココアがあるのを忘れていた。

 ココアは冷めていたけど、口にする。


「美味しい……」


 これを飲んだら、 

 お風呂に入って、寝てしまえばいい。


 そう思って、少しぬるめの浴槽に、身体を沈めた。

 ほうっと息をして、目を閉じると、


 少し眠い気がした。


 寝たらいけない。

 目を擦ろうとした瞬間、


 誰かに頭を沈められた。

 何が起きたか、分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る