第38話

「……香子ちゃん、喜久くん、あなたたちはどうしたい?」

 二人はつゆ子のいきなりの質問に黙りこんだ。今すぐ答えられるようなものではない。

「二人の進路は俺が決める。とっととくたばれ、このあばずれが」

「さようでございますわ。私たちのことはお気になさらずに。ご自分のお葬式の心配をなさったらどうでしょう?」

 邦広の暴言に朝子が同調する。

「香子は二学期から紫桜の寮生活で通いつつ、週末には沢野家の花嫁修業をしてもらう。高校在学中に結婚してもらう。喜久は、滝の森学園で寮生活の後、高校卒業後は羽岡さんとこの志津子さんと結婚してもらう。これで決まりだ! いいな?」

 邦広は強い口調で決め付ける。

 隣で朝子も頷く。


 香子と喜久はもちろんつゆ子も何も言えないでいた。

 ここまで独断で決める父と母に呆れて言葉がでない。

 

 

――お父様とお母様は何一つ私たちのことを考えていない。



 香子は両親に対してこれ以上律儀に言うことを聞くのがバカバカしくなってきた。

 両親と見切りをつけようと思った瞬間である。

 

「お父様、お母様。私は沢野様とご結婚するつもりはございませんわ。まして高校生で……花嫁修業なんて一体いつの時代のお話でしょう? 私は私でございます」

「ならぬものはならぬ。井上家の当主の言うことを聞くのは当然だ。俺が花嫁修業しろと言ったらだまって従え! この期に及んで俺の政治家生命を潰す気か? 相手も汚れを知らない清廉な女だと喜ぶだろう」

「お父様の体裁のために私が利用されるなんて、真っ平ごめんですわ! 汚れをしらない女って随分古い考えのお持ち親をもって私は恥ずかしいですわ」

「そうだよ。たかねえの話を聞いたらどうなんだよ。俺も親が決めた相手なんて勘弁して欲しい。だいたい羽岡さん本人も嫌がっていたんだ」

「お前は俺の人脈作りも潰す気か? お前らの将来のためでもある。羽岡さんのお母さんはお母さんの親友でもあるから、仲がいいもの同士親族だと安心するだろう。その方が相手も喜ぶ。志津子さんの意思は興味ない。少なくとも飯塚明珠香と付き合うよりましだから」


 これは所詮父の自己満足にすぎない。

 自分の地位確立のためなら子どもたちを利用するのだから。

 当人たちの意思を無視してまで。

 まして親友の意思も無視する気満々だ。


 ――これ以上、志津子さん巻き込まないで!


「お父様の人脈作りに私の親友を巻き込まないでくださる? 志津子さんは志津子さん。私は私。喜久は喜久です! もう私を縛るのをやめてくださいまし! これからは私は自分で進路を決めます!」

 きっぱり言い返す香子。

「俺もお父さんの言うこと聞いてられんわ。全部お父さんとお母さんに都合がいいだけであって、俺やたかねえや羽岡さんのこと何一つ考えてないじゃん。それでもって、復讐だ下々の人だなんてくだらんこと抜かしてる親のもとにいたくないわ!」

 喜久が追い打ちかける。

「……とにかく、私はもうお父様とお母様をなんでも言うこと聞く子にはなりませんから。ごめんあそばせ」

 子どもたちの反撃に邦広は歯を食いしばる。一方朝子は黙ったままである。

「あと、俺の両親の件はぜってぇ許さんからな。飯塚さんの件も早くけじめつけないとねぇ」

 喜久がねっとりしたような口調で追い詰める。

「そうですわ。邦広。飯塚様の件は許されることではありません。法的措置をとられてもいいように準備なさい。――喜久くんと香子ちゃんはここから離れたほうがよろしいですわ。滝の森にいくにしても、二学期までお時間がありますから、私たちのもとに来てもらいましょう。お父さんにもそう伝えておきますわ」

 つゆ子も追い打ちをかけてくる。

「……もう勝手にしてろ! お前ら二度とこの家の敷居を跨ぐな!」

 不承不承で邦広はリビングをあとにした。

「ということで、明日からおばあちゃまのところへいらっしゃい」

 

 喜久と香子の頬が緩んだ。

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