第43話

 ここ数年、喜久と香子とゆっくり話す機会がなかった。

 年末年始とお盆は親族の対応で忙しくなりがちである。

 新年の集まりは昼からはじまり夜の二十時前まで行なう。

 親族がほとんど成人した人ばかりで、年の近い親族がいないので、香子と喜久にとっては退屈で苦痛な時間である。

 喜久はずっと親族の自慢話及びいかに邦広が素晴らしいかを聞くだけで、雅典の話は一回も出てこない。思い出話すらしない。

 元々いなかった扱いをされている。

 雅典と有紗が亡くなってから親族たちに「喜久に井上家本家跡継ぎとして自覚させるために今後喜久の実両親及び崎田家の話をするな」と邦広が箝口令かんこうれいを敷いたのである。

 それ以来親族たちの集まりでは喜久の実両親及び崎田さきた家について話題にでなくなった。

 香子は小学校高学年ぐらいから毎年お手伝いさんたち、つゆ子と朝子で親族のお茶出しやおせち料理作りまたは接待ばかりで本人は休む暇がない。

 一息ついてお茶をすすっても、喜久同様親族の話をひたすら聞くだけで、嫌そうな顔なんてできる状態ではなかった。

 源三とつゆ子は二人が退屈そうなのを気づいていた。

 いつも「そろそろ……」と声かけようと思ってたが、こちらも大人の会話に付き合わないといけないので、どうしようもなかった。

 喜久と香子の年齢ぐらいだと、ああいう親族の集まり、まして大人ばかりだと出たくないし退屈に思うのは当然だと思う。

 よく我慢してきたと思う。

 つゆ子が去年「もう新年会は家族だけにできないかしら。それが無理ならおせちをつくるのはしんどいので、来年から注文する形にするかホテルの新年会でビュッフェ又はコース料理はどうかしら? たまにはおしゃれなものが食べたいわ」と言った。

 源三もそれに関して賛成していた。

 二人共そろそろ高齢になり体力的な負担を考えたら時間制限のあるコース料理やビュッフェの方が楽であるし、親族も食べに来るだけなので負担にならないだろうと考えた。

 特に香子が新年早々手伝いに駆り出されて、食べる間もないのを見ていていたたまれない。それに、香子ばかり接待させるのではなく、自分でできることは自分でするように邦広に何度も言ったが、無理である。

 そしてつゆ子の案は却下された。

『お前は下々の生まれなんだから、それぐらいやって当然。楽しようと思うな。香子は将来のためにも接待の仕方を覚えてもらわないと、嫁ぎ先に恥ずかしいだろう。この新年会は井上家本家の威厳を出すためなのと、子どもたちの日頃の教育の成果を親族に見せつけるためにやってるんだ。特に喜久の許嫁を見つけるためにはこれぐらいしないといけない』と。

『さようでございますわ。女性陣がおせち料理の一つ作れないなんて、香子が嫁ぎ先に行ったときに恥ずかしいですわ』

 源三はつゆ子に対しての侮辱の言葉を投げつけた邦広に怒ったのは当然である。

『つゆ子に謝れ! その言葉撤回しろ』と。

 邦広は撤回する気なかった。

『下々の生まれであることは事実だから。偉そうに物言うのが気に食わない』と。

 それにこの夫婦は一体いつの時代の考えを孫たちに教えているのか。

 香子と喜久を見栄のために利用する。

 今までの邦広と朝子の言動を考えたら、今回つゆ子がここに連れてきたのは英断だと思う。


 ――ここに来たのだから孫たちは思い切ってのびのびして欲しい。


「喜久くん、香子ちゃん。ここではのんびりしていいのよ。お手伝いも無理しなくていい。娯楽もとやかく言わないから。でも、夏休みの宿題や勉強はきっちりしてね」

「香子ちゃんの許嫁の件は細かいとこまで知らなかった私たちが悪いわ。本当は嫌だったんだね。香子ちゃん反抗しないうちに小学生のときに決めたのだろう。邦広らしいやりかただ」

 源三は大きく嘆息した。

「おじいちゃま、おばあちゃま……」

 香子は祖父母の優しい口調に安心して泣き崩れた。

「まぁ、相当我慢されてたのね……どれだけ自分を抑え込んだんだろう……」

「許嫁の件をなかったことにするのを引換えに親の復讐の巻き込まれたんだよ……」

「改めて、息子夫婦の傲慢ごうまんぶりがよくわかった。なんとしてでもあの子達を守ろう。あとは飯塚夫妻に対する謝罪も邦広と朝子さんに責任持たせないと」

 相手を散々侮辱しながら自分の立ち位置だけ守ろうとする。

 仮に邦広が選挙に当選しても、すぐにあの性格が表面化するだろう。

 スタッフやお手伝いさんたち、自分が下だと思った人には傲慢な態度をとってる以上、評判がガタ落ちするのも当たり前だと思う。

 源三・つゆ子夫妻は息子が当選して欲しいと正直思っていない。

 ああいうのは、邦広がいつも言っているによって支えられている。その方たちのことをないがしろにしたら、すぐに誰も応援しなくなる。

 それは源三が市議会議員になったときに何度も助けられて感じた。

 

 全ては日頃の行いと好感度がものを言う。

 それは人に対する態度・言動、見えないところに対する気遣いという名の土台。

 なにかピンチが起きたときに全て自分に返ってくる。

 邦広と朝子はその土台を自分で無意識に壊そうとしいるのだから。


「じゃぁ、二学期以降のことはあとで考えるとして、今日はゆっくり休もう。引っ越しの荷解きが終わったら、気分転換にどっか美味しいものを食べよう」

 源三の鶴の一声で「うん」と喜久と香子は元気よく頷いた。

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