第44話

「今日一日疲れましたわ……」

『香子さんお疲れ様。新しい学校はどんな感じですの?』

「今までと雰囲気が違いますから馴染むのにまだ時間がかかりそうですわ」

 二学期が始まって香子と喜久は滝の森学園に通うことになった。

 かれこれ二週間程経っている。

 香子は定期的に志津子と連絡をしている。

 

 最初は寮生活するという話だった。

 

 ――しかし寮が空いてなかった。


 いきなり二学期から転入の上、寮に入るのは無理だった。

 学校の手続きを担当する人曰く。


 井上さんのお父様とつながりがあるのとお世話になっているのは確かですが、いくらなんでも今寮生活をしている人を追い出すなんてできる訳がありません。原則遠方から来られている人が対象なのでね。井上さんのお父様は既にいる人をなんとしてでも追い出せとおっしゃってましたが……。


 この話を聞いて香子は父の横暴さに思わずため息が出た。

 寮が空いていないので香子と喜久は祖父母の家から通うことになった。

 

 ――正直言ってホッとした。これ以上父の操り人形なんてなりたくないもの。


「最初に挨拶する時にいつもの癖で"ごきげんよう"って言ったら、みんなに笑われましたわ」

 香子は努めて明るく話しているが、本当は少し凹んでいる。

『まぁ! 香子さんらしいわ』

 電話越しにうふうと上品に笑う志津子の声を聞いて香子は安心した。

「ごきげんようで挨拶するのは、お母様に叩き込まれましたし、小学校から紫桜に通っている分染み付いてしまってますから。もう今から治すのは難しいですわ」

『そうですわね』

 クラスメイトから『「ごきげんよう」ってフィクションだけだと思ったら、リアルで言う人いるんだ』と言われた。

 香子は先生はもちろん同級生に対してでも敬語で話すので、クラスはもちろん学年でも有名人になった。

 同級生たちは香子に対して距離を置いている。

 そういうのもあってか香子は気軽に話をする人がいない。

「本当は皆さんと仲良くやっていきたいですけど、難しいですわね」

 スマホの通話口から香子の弱々しい声が漏れる。

『香子さんが弱音を吐くなんて珍しいですわ。でも、自分の感情を抑えることなく私の前で言えるようになったとおもいますわ。ほら、以前は隠してばかりでしたもの」

 そういえば、祖父母の家に来てから、自分の心情を抑えずび言いたいことはきちんと言えるように少しずつなっている気がする。

 一方、喜久よしひさはすぐにクラスメイトと仲良くやっている。

 喜久は人付き合いが上手いというか、すぐに誰とでも仲良くできるタイプだ。

 喜久の姿を見て少しうらやましいなと香子は思っている。

『クラスに馴染なじむにはまだお時間がかかりそうですわね。あと、あの件はどうなりまして? 香子さんのお母様は大丈夫ですか?」

「ええ……まぁ……」

 朝子が飯塚明珠香に嫌がらせした件と、その母親である飯塚光咲に以前から誹謗中傷ひぼうちゅうしょうをしていた件について。

 話し合いはこじれたが結局示談じだんになった。

 

 今回の件はクラスメイトは誰も知らない。

 でもいつどこでわかるかわからないという不安がつきまとう。

 

 朝子は精神的にまいったのか、療養りょうようするようになった。明珠香を閉じ込めたあの小屋で。

 小屋からでないように言われているそうで、邦広が許可した時以外には家に入るのは禁止されている。

 ――俺の足を引っ張る真似をしやがって、目障りだからあの小屋にいろ。精神やんだ人が身内まして妻なんて恥ずかしい!

 来客が来たときだけ朝子は自分が元々いた部屋にいることができる。

「精神的に疲れた妻を献身的に看る夫」としてアピールするためである。

 結局自分の評判しか考えていない。

「お父様には議員の仕事は難しいですわ。飯塚さんはもちろん喜久の家族の悪口を本人の前で言ってましたから。話の節々ふしぶしに見下したような言い方をなさいますもの。今回の件でお母様と飯塚さんのお母様と確執かくしつがあったことを知りましたわ。だからといってお母様がやったことは許されることではないですわ。――志津子さん巻き込んでまで……」

『私たちのことは大丈夫ですわ。ただ、私の母は香子さんのお母様とは距離を置きたいみたいで……』

 香子は当然そうなると思っていた。

『私のことはお気になさらないで。あっ、そうですわ! 香子さん今週末お会いできますこと?』

「ええ、大丈夫ですわ。志津子さんに会えるの楽しみですわ!」

 香子の声がはずんだ。

『では、また連絡しますわ。では、ごきげんよう』

「ごきげんよう」

 電話が切れた。

 

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