第34話

「ふざけんな! 何が顔立てろだよ! 俺は峰沢に行きたいからそこを選んだんだよ!」

「峰沢だと、飯塚明珠香と顔合わせることになるぞ? 気まずい状況なのに?」

 喜久は正論を突かれた。

 今は夏休みとはいえ、二学期彼女といつものように接することができる自信がない。

 今まで通りいてほしいと思うのは図々しい話だ。

 それを決めるのは明珠香である。


「紫桜に寮があるだろう?」

「ええ」

「香子は二学期から寮生活をしてもらう」

「え……!?」

 紫桜学院の学生寮は基本的に遠方の生徒ばかりだ。

 別に通学者が寮生活に切り替えるケースはないことはないが。

 通学していたが、住所が代わり通うのに時間がかかるため寮生活に切り替えるぐらいだ。

 香子としては家から通える距離にいるのでわざわざ寮生活に切り替える必要がない。

 先生方から怪しまれるだけである。

「お父様、それは無理ですわ。寮生活されている人たちは基本的に家が遠いかたばかりですわ。しかも今お部屋が空いていないんですよ」

 最近廊下で先生同士の会話で「紫桜学院の寮が満室になった」という話を小耳にはさんだ。

 今年の新入生で結構埋まったらしい。

 紫桜学院の寮は中学校・高校と棟が別々になっている。

 それぞれ新入生で埋まったらしい。

「そんなのお金積んで誰かを追い出せばいいんだよ! こんな醜聞だすようなお前らなんか、家にいたらマスコミの格好の餌食になるだけだ。うちの評判が下がる!」

 

 ――子どもたちを守るふりして結局は自分の地位と名誉しか考えていない。


「何おっしゃいますの! 寮に住まわれているかたは皆さん遠くからおいでですのよ! 代わりの場所なんてないのですよ!」

「そんなの、どっか適当に住まわせろ。俺は娘が可愛いから、他のクラスメイトのことなんて知ったこっちゃない。お金積んででも追い出す。ほらいるだろ、お前と仲がいい大島おおしまというやつ。あの成り上がりのとこの娘。成り上がりの癖に紫桜に通うなんて身の程知らずだ。お前には相応ふさわしくない友人だ」

 ピシャリと言い放つ邦広。

 大島は香子と中学校の頃からの同級生である。

 出席番号が近いこともありよくおしゃべりをしていた。

 何度か井上家に遊びにきたこともある。

 邦広が家にいるときに大島が来た際には、邦広は「ゆっくりしていってねー」と気軽に声をかけていた。

 大島の父が医療系のソフトウェア関係の役員をしており、会社がこの数十年で伸びてきているとこである。

 邦広もその大島の父の会社のソフトウェアを使っている。

 彼女は家が遠方なので、中学校の頃から寮生活をしている。

「お父様、菜々子ななこさんはご実家が遠いのですよ。それに菜々子さんの悪口をいうのやめてくださいまし! お父様は一体誰と仲良くすれば満足されるのですか!」

 

 多分誰と仲良くしても父は文句いうだろう。

 身分だ下々だ、親がいやしい仕事をしているだ、明治時代から続く由緒ある井上家に相応しくないだ、適当に理由をつけて。

 

 ――その下々の人たちに暮らしや仕事で支えられているのに。


「お父様、菜々子さんだけでなく今寮に住まわれている方たちを追い出してまで紫桜の寮に行きたくありません!」

「なに?」

「お父様が日頃から人を見下してらっしゃるのがよくわかりました。喜久や飯塚さんのご家族だけでなく、私の同級生に対して。そんなお父様なんて心底軽蔑しますわ! もう一緒にいたくありません! 私は喜久と一緒に滝の森学園に行きますわ!」

 香子がここまで邦広に意見するのは初めてだった。

 喜久は驚きつつも「やるじゃん、たかねえ」と呟いた。

「俺に歯向はむかおうというのか? だいたいたきもりは男子校なんじゃ……」

「あそこは数年前に共学になってるよ」

 喜久が付け加える。

「……香子が共学う? なんのために紫桜に通わせてるんだよ! 悪い虫がつかないようにだよ! 色恋沙汰禁止で貞淑な女性を目指すのが売りだし、生徒は政治関係者や有力者の子女ばかりだからだよ!」

 だんっ! と邦広が地面に響くように机を叩いた。


「あらぁ……邦広、香子ちゃんの意思を尊重したらどうですの?」

 リビングの後ろから女性の声が聞こえた。

 ドアを開けて入ってきたのは、ミディアム長さのグレイヘアの女性。

 おしゃれに白のブラウスと黒のパンツを着こなしている。

 背筋を伸びているのか若々しくみえる。スタイルもいい。

「……お、おばあちゃま……!?」

 香子が振り向くと祖母である井上つゆ子がいた。

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