第17話

「こちらです。こちらの小屋」

 香子は小学校時代のことをふと思い出しつつ、飯塚夫妻を案内した。

 香子の後ろに母である朝子が顔を歪ませながら見ていた。

「母さんなに、嫌そうな顔してるんだよ。誰かさんがいつも『不満そうな顔を出すのははしたない』って言ってるのにな」

 喜久の嫌味にも朝子は特にリアクションを返さなかった。

 しぶしぶ朝子は小屋の鍵を開けた。

 小屋の引き戸を開けると中は薄暗い。

「何かものがあるなー」と思う程度。

 電気の付け方がわからなかったのだろう。

 電気を付けると人影が見えた。


「明珠香……!」

 飯塚夫妻が明珠香に抱きつくような勢いで駆け寄った。

 明珠香は体育座りで顔を伏せていた。

「お、お父さん! お母さん!」

 両親に気づいた明珠香は顔を上げた。

「怖かったのぉ……!」

「怪我してない? どこも悪くない?」「電話してもなかなか出なかったから心配したのよー」と明珠香を労う言葉が聞こえる。


 あの小屋は暗くなると余計怖い。

 恐怖だったと思う。


 私はここまでお母様とお父様にしてもらったかしら? 

 小学校受験で合格した時に抱き合ったぐらいだと思う。

 多分愛情はあるのだと思う。でもこんなに激しいスキンシップはしてもらったことないと思う。

 

 ――羨ましい。

 

 この状況でこんなことを思うのはどうかと香子は心の中で反省した。


「また、どうして、こんなところにいたの?」

「わからない、気づいたらここにいたの」

 秀清が井上家に向き直って

「井上さん、一体どういうことでしょう。説明してください」

「そうだよ! というかなんでたかねえもここに飯塚さんがいるってわかってたんだ? たかねえも絡んでるだろ?」



 目が覚めたのは、夕方の五時だった。

 ――喜久が起こして来る前だった。

「あら、お目覚めですの? 香子」

 向かいにコーヒー片手にくつろいでいる母がいた。

 喜久は私の隣で爆睡している。

 また寝てしまった。

「志津子さんたちは?」

「お二人はお帰りになりましたわ。お見合いの件は保留されますの」

 親友たちは無事に帰ったのか。

 香子は安堵した。

「――香子、これから手伝って頂きたいことがありますの」

「手伝い、ですか?」

 香子が怪訝そうに聞き返す。

「私の隣に飯塚さんが寝てるので、休ませてあげて欲しいの」

「ええ、わかりました」

 承諾した香子は母の言われるままに明珠香を運び出した。

 

 運んでいるうちに、母が玄関に向かって器用に開けて外にでた。

 夕方とはいえ蒸し暑さがある。


 母が向かった先は――小屋だった。

 小屋の引き戸をまたこれも器用に開けて、明珠香を中に入れて――閉じ込めた。

 音を出さないように引き戸を閉めたので、気づかない。



「ありがとう、香子。さすが、わが娘だわ」

 家に戻ると母は満足そうにそっと私の頭を撫でた。

「いいこと? このことは絶対に他言無用で」

「今からお買い物に行ってきますわ。その間、香子はリビングの机で寝たふりをなさって。喜久に起こされたら一緒に探してるふりをしてくださいますこと?」

 淡々と私に話す母。


 ――背筋が凍りついた。


「はい、お母様」

 いつもどおり緩慢な口調で返す。

 

 母は私たちを巻き込んでまで何がしたいの?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る