第33話

 香子は今まで両親の言うことをはいはい聞いてきた。

 普通この年なら親に反抗するのは成長の証としてみられるし、だれもが通る道である。

 現に喜久は父と母に言い返している。おかしいと思ったらすぐに言う。

 この家は邦広の絶対君主制ぜったいくんしゅせいの支配によって成り立っている。君主の妻である朝子がナンバーツーである。

 邦広と朝子に一つでも言い返すと最悪家から放り出される。未成年だろうが容赦ようしゃない。

 

 過去に井上家でお手伝いさんをしていた女性が盗難のぎぬをきせられたことがあった。しかもその女性はまだ高校卒業したてだった。

 邦広くにひろの時計が盗まれた騒ぎがあった。

 だれかが取ったと。

 その時計は井上家代々跡継ぎにだけもつことが許されるものであり、もちろん高額なものであった。

 その時女性は邦広の部屋の掃除をしていたからという理由で犯人に仕立てられた。

 毎日井上家の部屋をお手伝いさんたちが協力して回している。他に庭の手入れや、料理や洗濯などすることが沢山ある。

 女性は「自分はやっていない」と何度も主張した。

 それに対し、邦広は「お手伝いの分際で口答えするな」だの「お金がないから盗んだ」の一点張りだった。

 女性はそこまで裕福ではないので高校卒業して就職の道を選んだ。それを引き合いにして罵ったのである。

 邦広は女性に対し認めるまで問い続け、結局解雇となった。

 邦広の時計は、勤務先に置き忘れていただけであった。見つかったのは女性が解雇されて次の日のことであった。

 邦広は女性に対して謝罪はおろか「俺に意見したあれが悪い」とした。

 それは邦広が経営している病院でもそうだ。

 によって働かせてもらっている以上何かしら意見したら潰すのが父である。

 病院の勤務状況のクチコミでマイナス要素があるとすぐに消される。

 喜久は邦広からすると君主に逆らう下々の人なのである。

「はぁ!? 俺に対して峰沢から転校しろと? たかねえは家から紫桜に通える距離なのに寮生活!? だいたい俺はどこに通うんだよ!」

たきもり学園だ。俺の知り合いが経営している学校なんだ。俺の顔を潰すような真似をこれ以上するな。外に捨てられないだけでありがたくおもえ!」

 滝の森学園は山あいにある全寮制ぜんりょうせいの中高一貫の男子校だ。

 井上家から電車・徒歩で一時間半(片道)かかる。

 最寄駅からなだらかな坂道を歩かないとたどり着かない。

 ネットでは「紫桜学院しおうがくいん男子校版」と揶揄やゆされているぐらいこちらも校則が厳しい。

 紫桜同様仏教系(浄土真宗系じょうどしんしゅうけい)の学校で宗教行事がある。

 念珠ねんじゅ法典ほうてんを忘れたり無くしたりすると処分を受ける。

 スマートフォンやタブレットはもちろん漫画や雑誌の持ち込みが認められていない。

 持ち込みが発覚したら生徒指導、最悪解約である。

 スケジュールは分刻み、文武両道を売りにしているので部活に強制入部。寮に戻っても夕食の後すぐに自習で、その間にお風呂に入る。しかもお風呂は先輩が入る前に掃除しなければならない上、下級生は最後のほうになる。疲労がピークになった頃にやっとこさ寝れる。

 先輩や先生方の言うことは絶対で、逆らうとお仕置き部屋で罰を受ける。

 それがたとえ自分に責任がなくても。罪がなくても。

 寮周辺及び学校周辺は何もないので、助けを呼ぶにも呼べない。

 息抜きできるのは大型連休や夏休み・冬休みの帰省の時である。

 

 明治時代エリート官僚養成学校としてできたので、基本的に裕福な子息が多い。

 実際卒業生には政治家になった人、有名企業のトップになった人、どこかの大学の研究者になったひとと輩出しているのである。

 その卒業生がお金を寄付してくれる。

 たとえ事案が起きてもお金や権力者の力でもみ消す。

 それが病院沙汰、自殺が起きても。


 事案が起きても表面化しないように、あえて辺鄙へんぴなところに学校が建っている。


 近所の人はどんな学校か知らないし、近づこうともしない。

 学校の卒業生及び関係者に箝口令かんこうれいを敷いているから。


 しかし箝口令を敷いても話す人は話す。

 喜久の部活の先輩から教えてもらった。年の離れたいとこが通っていたそうだ。

 先輩のいとこいつも帰ってくる時に疲れきったような顔している。

 それもあってだ。

 

 ――このままだと喜久はまるで世俗せぞくから断ち切ったような学校生活を送ることになる。

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