第32話

「――おじさんがからんでたんだ。知ってたよ。俺もそんな馬鹿じゃないから。一応これでも峰沢みねざわ中学校で学年上位者に入ってるからな。そもそも支払いにそれなりに時間かかるのに、おじさんが上野さんのお金払うのおかしな話だし、崎田さきたのおばあちゃんちに全然そういうことを言ってなかった時点で不審におもったんだよ」

 淡々と話す喜久よしひさ

「俺のことは悪く言うのは構わない。目の前にいるから。でもな、俺の父ちゃんと母ちゃん、崎田のばあちゃん、飯塚さんとこをこれ以上悪くいうのやめろ! その場にいない人の悪口言うなって小学生でもわかる話なのに、いい大人がそんなんでいいの? それで選挙出馬なんか……人の悪口言ってまで自分が上であることのアピールしたいんだ……!」

「お父様、いくらなんでもひどすぎますわ! 喜久よしひさのご両親になんてことをおっしゃるのですか!」

 香子が畳み掛ける。

「お前は黙ってろ!」

 再び邦広くにひろが机を強く叩いた。

 香子の肩がぴくっと動いた。

「お前はどうも最近自分の意見を言うようになったな。喜久の影響か?」

「喜久はあいつに似て自己主張するからな。香子に悪影響だ」

「お母さんからきいたぞ、沢野さわの家との結婚を嫌がっているみたいだけど、どういうつもりだ?」

 威圧感を与えるように尋問してくる邦広に香子は

「さようでございますよ! 嫌なものは嫌です! 私、小学校の頃から将貴様が苦手でしたわ!」

 すかさず返した。

 

 香子とのやりとりを無断で友人に拡散する。

 完全に「ネタ要員」「ニラヲチの対象」として扱う。

 今まで会っても話が合うと思ったことがない。

 井上香子個人として見てる、尊重しているとはとてもではないが思えない。

 こんなの考えるだけで寒気がする。

 それでも父は自分の政治家生命を優先するというのか。


「ほう、それは沢野さんが俺の選挙後援会代表を務めてもらってるのをわかっててか?」

「さようでございます」

 香子はきっぱりと言った。

「……はぁ、この家はどいつもこいつもなーんで俺の足を引っ張るんかねぇ……目障りだよ。朝子も小野寺光咲おのでらみさきを嫌ってたのは知ってたけど、まさか復讐するとはねぇ……しかも喜久がよりによってお母さんが憎んでるひとの娘と仲良くなるわ、お見合い拒否するわ、香子は生意気にも言い返すようになってきてるわ……そんなに俺の邪魔したい? 井上家の名前を傷つけたい?」

 邦広は深くため息をついた。

「この家は明治時代から続く由緒ある家系なんだ。地元の権力者たちとのつながりも強いんだ。昔は爵位しゃくいもあった。だからこの井上家にいるというのは大変名誉なことなんだ。家族が変なことで有名になったら、俺の仕事に影響でるんだ。どう責任とってくれるんだ? 現に飯塚夫妻からお金払えってきてるんだよ! 下手すると訴えられるんだよ。今はどこで情報広がるかわからないし。それで選挙落選らくせんしたら責任とれるんか?」

「責任? 選挙落選したら全て私たちのせいにするおつもりですか!?」

「ああ、そうだとも。俺はだからな。お前らと違ってな。政治家はイメージが大事なんだ。俺の周りが足を引っ張るようじゃ、当選しても厄介だ。目障りだから消えてもらう」

 ドヤ顔で言う父。

「……私たちを、消すって……どういうことですの?」

「香子はこのまま紫桜学院の寮に住んで通学、喜久は転校して寮生活をしてもらう。朝子は……」

 

 ――父は自分の評判のためなら、家族をばらばらにするのもいとわない。


 今日の飯塚夫妻のやりとりでもそうだったが、父も母も自分たちのことしか考えていない。

 母は何も言い返さない。

 結局子どもたちのことを考えているのはポーズに過ぎなく、井上家がいかに香子と喜久を「出来のいい子」「深窓しんそう令嬢れいじょう」「優秀な坊ちゃん」をアピールする存在にすぎなかった。

 

 子どもたちの意思なんて尊重する気は微塵みじんもなかった。

 井上家が恥さらしにならず、邦広が選挙に無事当選して活躍できればいいのだから。

 それで井上家が政治家とのつながりをさらに強固できればいいのだから。


 ――香子は両親(特に父)の自己保身じこほしんぶりに、ただただ呆れるしかなかった。

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