第20話

明珠香あすかが来る日、朝子から「こちらにお出しするお茶は睡眠導入剤が入ってますの」と言われた。

 ふたり分のお茶だ。

 香子は「どういうことでしょう?」と聞き返す。

「今日はね、大事なお客様が来るでしょう。そのお客様は私にとって復讐したい人のお嬢様ですわ。たいそう大事にされてるそうですわ」

「……はぁ……」

「復讐するにはその人が大切にしているものを傷つけるのが一番ダメージおおきゅうございますわ」

「それゆえそのお客様に睡眠導入剤が入ったお茶をお出しするということでしょうか」

「さすが私の娘ですわ。さとい」

 朝子は満足げに頷く。

「……お母様それは……喜久に見つかった場合どうすればよろしくて? もしそのお客様になにかしらあったらご家族が飛んできてもおかしくないのでは? それに川井さんと橋本さんはこの件はご存知ですの?」

「当然ご存知ないですわ。お茶出しが終われば川井さんと橋本さんはいとまをやります。睡眠導入剤を入れた後小屋にお客様を運ぶのです――これは私と香子だけの秘密ですわ。」

 朝子は唇にシーと静かにする仕草をした。

「私には難しいですわ」

 母は私を共犯にするつもりなんだろう。

喜久よしひさ志津子しづこさんが結婚すればあなたは志津子さんと親族になりますし、私は馨子かおるこさんと親族になれる。……それに私は、かつて馨子さんをいていましたのよ」

 いつも通りうふふと笑みを浮かべながら話す母。

 さりげなく爆弾を入れた。

「最初は憧れ……でしたわ。二人で毎日手紙のやり取りをしてましたの。そのうち馨子さんとずっと一緒にいられたら……なんて考えるようになりましたのよ――その関係をかき回した方がいらっしゃってね」

「かき回した方……?」

「さようでございます。小野寺光咲おのでらみさき――今日お越しなさる飯塚いいづか明珠香さんのお母様ですわ」

 香子は母の話に黙って聴き続ける。

「元々小野寺さんと私はそりが合いませんでしたのよ。しかし馨子さんとは仲がよろしくて。私としては馨子さんをとられたような気持ちになりまして、嫉妬していたのですわ。追い打ちをかけるように小野寺さんのお母様が私の父と不適切な関係に……あの親子から大切なものを奪われた気持ちになりましてよ。あの時は随分もめましたわ。私の生活も変わりましたのよ。私の父と小野寺さんのお母様と再婚なさったのですから」

「……そうですの……!」

 小学校の頃夏休みに同級生たちが「祖父母の家に遊びに行く」と言っていたので「私もおじいちゃま、おばあちゃまのお家に行きたいですわ」と母に言った。父方の祖父母はいつも家にいるが、母方は会ったことがなかった。

 母からは「おじいちゃま、おばあちゃまはお忙しいのですよ。お手を煩わせるようなことは言ってはいけません」と返された。

 どんな人か聞いても母は「さぁ、どうだったかしら。わすれてしまいましたわ」と返されるだけ。お手伝いの橋本さんと川井さんに聞いても「今お手をはなせないので」と言われだけだった。

 それ以来、母方の祖父母について聞かないようにしている。

 母の地雷を踏んだような気分になるから。

 今、母の話を聞いて納得した。言いたくない内容だっただろう。



「お母様はねあの一件で生活が変わりましたわ。おばあちゃまはね、病気になられたのですよ」


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