第21話
今でも覚えている。
母が変わってしまっった。
山の手にある病院だ。なだらかな坂道を上り下りしなければならない、少し不便な場所だった。
そこは母のように精神にダメージを受けた人が集まる場所だった。
療養先の入院に面会行ったら「あなたはだあれ? ここにきてはいけませんよ」と言われた。
――母は少女に戻ってしまった。
娘の存在を忘れた母の姿を受け入れる気力がなかった。
担当医からは「このままだとお母さんの退院は難しい」と。
母の状況を話しても父は「もう二度とあの人の話をするな。忘れろ。あれにはベストを尽くしたんだ。これ以上何をしろと? お前の母さんは
定期的に面会していくと、母は友達のように話すようになった。
変わり果てた母は朝子が高校卒業する少し前に亡くなった。
「卒業式の写真みたいから見せてよ。大切なものをお祝いにあげる」と約束してたのに。
同席していた看護師が「こちら娘さんに……つけていただけますか」と渡されたのは四葉のクローバーのネックレスだった。
クローバーの縁どりは金色のビーズだ。
ネックレスをつけた後、朝子はその場で泣き崩れた。
看護師がさりげなくさすってくれたのを覚えている。
落ち着いた頃に父は再婚相手と一緒に病室に来た。
再婚相手は朝子のペンダントを見るなり「かわいーじゃん。ちょーだい! こういうのは私が付けるのがペンダントも喜ぶわ。だって私が一番可愛んだから。朝子ちゃんには早いわ。ねっ、いいでしょ? で、他にないの?」と聞いてきた。
父も「ペンダント、お母さんにあげたらどうだ」と。
看護師と担当医がふたりの姿に目を丸くしていたのが印象的だった。
「まぁ、お父様たいそうこちらの女性に熱をいれてらっしゃいますこと。はっきりされている方で羨ましいですわ。――では、これで失礼いたします。ごきげんよう」
朝子は逃げるように病室を後にした。
母の形見となったペンダントを平気で欲しがる再婚相手。
それに乗っかるかのように譲ってあげなさいという父。
父に至っては母のお見舞いに一度も行っていない。
二人の神経が分からない。もはや理解したいと思わない。
療養所からでた時朝子を慰めるように風が吹いた。
朝子が大学進学してから、父と再婚相手に一度も会っていない。今二人は何をしているか分からない。
片や自分は子どもの頃から決めた相手と結婚した。
井上家の将来のため娘には相応しい結婚相手を用意し、お嬢様教育を徹底した。
正直庶民育ちのあの家の子を引き取りたくなかった。住んでいる世界が違うから。
井上家の評判のために引き取ったようなものである。
夫が「事故死した甥を引き取って一生懸命育てている。子育てに力入れてます」アピールすれば、選挙で投票してくれる人数が増えるだろうと考えたからである。
喜久は学業で成績上位に毎回入っていた。
彼女と喜久が仲良くしていることを他の保護者から聞いた。
――名簿で飯塚明珠香が小野寺光咲の娘であることを知るまでは。
それを知った上で喜久には「一度、飯塚明珠香さんにお会いしたいですわ。今度うちにお誘いしたらいかかが?」と言った。
喜久からすぐに確認して、来てくれることを教えてくれた。
そして今日に至った。
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