第22話

「お母様、飯塚さんのお嬢様は関係なくってよ」

 そもそも復讐される筋合いはない。

「親の因果は子に報いると言うでしょう。小野寺光咲さんのお母様がされたことの報いを光咲さんとその娘に受けてもらわないといけませんことよ。因果応報ですもの」

「とはいえ、明珠香さんを巻き込む必要はありましての!?」

 香子は少し声を荒らげた。

「はしたないですわ。このような声で。井上家の娘がかような声だすなんて恥ずかしいものですわ。――大事にしているものを傷つけるのが一番いいのですから」

 朝子の口角が少しつり上がった。

「もしお母様の話を聞いてくださったら、香子と沢野さわの様とご関係を解消することを考えてもよろしくてよ。その代わり別の殿方とのがた許嫁いいなずけになって頂きますからね――井上家に相応しい方を」

「……!」

 

 許嫁と解消……!

「お正月の集まりで香子と将貴まさき様お互いあまりお話されてなかったでしょう?」


 香子は許嫁である沢野将貴が苦手だ。それでもうまく歩み寄れるように許嫁と初めて顔合わせした時から努力してきた。でもそれは全て無駄だった。

 そして年齢があがるにつれてひどくなった。

 ここ数年お正月の集まりで将貴はコミュニケーションを拒否するかのように、スマホとにらめっこしている。

 まるで香子と話しても無駄といわんばかりに。

 香子が中学校にあがりスマホを両親から買ってもらった。

 その際にメッセージアプリに将貴の連絡先を登録すること、毎週末連絡のやりとりをするように両親から言われた。

 両親曰く「将貴様も香子の連絡先を登録されているから」と。

 手始めに「ごきげんよう。井上香子です。スマートフォンを両親に買って頂きまして、将貴様の連絡先登録しましたの。今後もよろしくお願い存じます」と送ったら返事がなかった。読んだ跡はついていた。

 それからも毎週メッセージを送っているが返事がない。

 それで今年のお正月の集まりで将貴から「お前の文章面白いから、友達にスクショして送ったらウケたわ。さすがに名前隠してるけど」「リアルでごきげんようなんて言うやつなかなかいねーもんな」「喜べ、お前俺の友達の間で有名だよ」「ニラヲチに最高のネタだよ。ありがとう。また送ってくれよな」と調子よく言われた。

「あらぁ、それはどうも。楽しそうでなによりですわ」と返したが、内心はらわたが煮え返りそうになった。

 返事をしないのに、やりとりをスクリーンショットして友人に送るとは。

 香子は集まりの後両親に相談した。

 将貴が香子とのやりとりを無断で広めているので注意してほしいこと。そもそも将貴のことが苦手なので許嫁関係をなかったことにして欲しいこと。

「将貴くんの友人にも覚えてもらってるんだ。いいだろう。やりとり続けなさい」

「紫桜学院の生徒なんですから上品な言い回しをするのは当たり前でしょう。どこへでても恥ずかしくないように立派な淑女にならないといけないのですから。あなたは将来沢野将貴様の嫁になって顔だてしなければなりませんの。それぐらい我慢なさったらどうです」

 

 

 両親の答えはあさっての方向だった。

 すくなくとも香子が思っているようなものではない。

 やりとりする度に将貴がスクリーンショットして仲間内に公開する。

 将貴はSNSもやっているらしく、これがもしそこでやりとりが載せられたら……。

 今は一般人のSNSで話題になった内容がメディアに紹介される。

 これでメディアに取り上げられたら……考えるだけで恐ろしくなる。

 すぐに香子のことが身バレされる。

 香子はSNSのアカウントを全然持っていないが、世の中には見ず知らずの人の個人所法を特定して広めるのを趣味とする人がいるとかなんとか。

 学校や本名が特定されるとあっという間に拡散される。

 

 

 ――こんな許嫁と結婚するのを考えるだけで憂鬱になる。


 香子はお正月の集まりの後泣いてしまった。

「お父様が市議会議員目指してるのはご存知でしょう。将貴様のおじい様である憲二けんじ様は後援会の代表ですのよ。古くから井上家が選挙に出馬されるたびに後援されてるのですよ。お父様の面子が丸つぶれですわ。それでも香子が許嫁と解消したければそれでも構いませんわ。――お父様はたいそうお怒りになるでしょうけど」


 香子のことを「ネタ要員」「珍獣扱い」する許嫁。

 井上家の名誉のことや選挙活動のために本人たちの意思を無視して娘と許嫁の関係を強固にしたい両親。


 ――一体私はあの人たちにとって何なんだろうか。

 

 「井上香子」個人として見ていないと思う。尊重しているふりだ。

 


――こういう時にすぐ親の言いなりになる自分が悔しい。

 

今の許嫁と結婚するぐらいなら他の方がいい。そのためなら。

「……わかりました。お母様。ご協力しますわ」



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