第23話

「じゃぁ、今までのは全部演技だったんかよ! 知らないふりしてたんかよ!」

 喜久よしひさは香子の胸ぐらをつかんだ。

 香子は何も返さない。

「――たかねぇってマジ卑怯だよな。叔母おばさんに逆らえないからってさ、叔母さん指示にすれば自分のことは守られるからな。従うのも従わないのも自分の意思じゃん!」


 そうなんだ。結局は自分の意思なんだ。

 母の指示通りにすればいい子でいられる。

 何かあったときに母の責任にすることができる。

 周りは「お母さんの言うことを聞いたばかりにこのようなことになって、大変ね」と同情するだろう。もちろん中には「なぜそこでそこで断らなかったんだ。もう高校生なのに。責任もて」と言う人もいるだろう。

 

 しかし所詮は自己保身のために過ぎない。

 自分を守るという意思を自分で選んだんだ。

 今までの経緯を話しているのも、飯塚夫妻からすると自己保身に映るだろう。

 あの時母の話に乗らなかったら?

 「許嫁との関係をなかったことにしてあげる」という母の甘言かんげんに。

 母の復讐に対して喜久と志津子の前で知らないふりして。

 飯塚夫妻が「娘が帰ってこない」と連絡があった時も、本当は明珠香の居場所を知っていたけど、知らないふりして必死に捜すふりをして。

 

 

 志津子しづこのお見合いの件は本当に知らなかった。

 お見合いの前から志津子は「今の時代、親がお見合いすることを決められるのなんて嫌だ。自分が決めた相手がいい」とずっと言っていた。

 お見合いの日に志津子が喜久と一緒に家に戻ってきた時、いまひとつ状況が掴めなかった。なぜあの二人が一緒にいるのかと。

 喜久は家に明珠香を呼んでいたんだから。

 母は喜久にも睡眠導入剤を入れたお茶をいれた。

 ふたり分のお茶が用意されていたのだから。

 喜久は寝たまま車に乗せられてお見合いに連れて行かれたのである。その相手が自分の親友だった。

 志津子のお見合いも母の復讐計画の一つだった。



 これから親友にどんな顔して会えばいいんだろ?

 もしこの件に自分が関わっていたことを知ったら。

 喜久とのお見合いは母の復讐によるものと。

 私たちは巻き込まれたようなものと。

 自分は母の言うことに逆らえないから、許嫁との関係が切れるという確証かくしょうのない約束を理由に。

 両親や先生など言うことを聞いていれば楽なんだから。自分の責任にならないから。

 はっきり自分の意見を言う、納得できないときや理不尽なことを言われたときに言い返す喜久と志津子に憧れている。

 それでふたりとも自分が望む方向へ目指すことができているのだから。

 片や自分はずっと両親が決めた進路や習い事や許嫁の件、先生方の言うこをと素直に聞いてきた。それで「さすが井上さんの所のお嬢さんはしっかりされてますね」と評価される。両親の株があがるからとやってきた。

 内心自分が納得いかなくても無理して妥協してきた。

 両親に少しでも言い返したり、言うこと聞かなかったりしたら、また小学校時代のように暗い中小屋に閉じ込められるかもしれないから。

 

 小学校時代に経験したあの孤独感と恐怖心が蘇るから。

 

 親友と親の言うことを天秤にかけて、結局親の言うことをとってしまった。

 

 いい年して自己主張できない自分が悔しい。

 ここまでくると自分に対して心底呆れる。

 周りが言うほどいい子でもない。

 本当は自己保身の塊で自分の身が一番可愛い。

 親友を巻き込んでまで守っていたんだから。


――それでも親友に今まで通りに接して欲しいって望むのは図々しいだろうか?

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