第39話

 朝子あさこの復讐から一週間後、香子たかこ宛に志津子しづこからメッセージが来た。


 香子さんへ。

 先日の喜久よしひさくんとのお見合いですが、なかったことにしました。

 香子さんのご両親に私の母からご連絡差し上げています。

 家族と相談した上で出した結論です。

 まさか喜久くんとお見合いだとご存知なかったですし、喜久くん本人も当日言われて初めて知ったということで驚いていました。

 私はやはり私が決めた殿方とのがたと一緒にいたいですわ。

 喜久さんも好きな人がいるとお聞きしました。

 応援したいぐらいですわ!

 二学期もよろしくおねがいしますね



 香子はメッセージを読んで深く息をついた。

 お見合いがお流れになって安心した。

 

 

 志津子さんへ

 お見合いに無理やり巻き込んで大変申し訳ございません。

 これは完全に母が勝手に暴走したことから始まったものであり、志津子さんは何一つわるくありませんわ。


 話が変わりますが、二学期から滝の森学園に編入することになりました。

 もう直接志津子さんにお会いできないのが残念ですわ


 

 メッセージを送ったら既読の跡がすぐについて、着信音が鳴った。

『香子さん、ごきげんよう。先ほどのメッセージは本当ですの!?』

 志津子の憔悴しょうすいしたような声が聞こえる。

「ええ、そうですわ……」

『またどうして? お父様のお仕事の都合で?』

「ええ、まぁ……」

 香子はかいつまんで志津子に事情を話した。

『まぁ、随分勝手な理由ですこと! 紫桜の寮は遠方の人向けですもんね。今から入れる保証もないのに……』

「私、もうこれ以上お父様とお母様のもとにいたくありませんもの。今回の件でお父様が人を見下しているのがよくわかりましたから」

『確かにひどいですわ。でも香子さん、ご両親に自分の意思を伝えるのできたじゃない!』

「もうこれ以上お父様とお母様の話を素直に従うのがバカバカしくなってきましたわ」

 香子はため息をつく。

事実上じじつじょう追い出されたようなものね。二学期までどうされるの?』

「おじいちゃまとおばあちゃまの所にいますわ。今日からね。先ほど到着しましたわ」

『えっ、今日から?』

「ええ、お父様が私たちのお顔を見たくないから……」

 あの話し合いの後、香子と喜久はすぐに荷物をまとめて朝出発するように邦広くにひろに言われた。

 出発したのは朝七時すぎだ。

 ちなみに二人が起きたのは朝五時半だ。

 香子と喜久が家をでるとき、邦広と朝子は「いってらっしゃい」すら言わなかった。

 邦広から「さっさとでてけ。もうお前らは俺たちの子ではない。俺の指示がない限り敷居をまたぐな。無断で来たら不法侵入として通報する」と言われた。

『でも、お家の鍵は持ってらっしゃるでしょう?』

「鍵は持ってませんわ。いつもお手伝いの橋本さんと川井さんがいらっしゃいますし、お母様もいますから。だから必要ないでしょってお父様が……」

 香子と喜久は本当に家の鍵を持っていない。

 というより持たせてくれないが正しい。

 基本的に家に誰かしらいるからという理由で。

 そもそも井上家の玄関ドアはスマートフォンで開くタイプである。

 専用のアプリをダウンロードして、ブルートゥースと連携れんけいすれば開けられるタイプである。

「スマートフォン一つで、家に入ることはできますが、こっそり帰ろうものなら、お父様にすぐ見つかりますわ」

『どういうことでして?』

「アプリの履歴でいつ誰が出入りしたかすぐ分かってしまいますの。お父様は毎日チェックされていますし……」

『……そ、それは……』

 志津子の驚きの隠せない雰囲気が伝わってくる。

『香子さんのお父様って、なさることが怖いですわ。香子さんと喜久くんのことを信用してらっしゃるのかしら?』

 言われてみればそうかもしれない。

 友人関係に制限つけたり過干渉だったりする所を考えると信用されていないなと時々考えてしまう。

「これだと、気軽に帰省できないですわ……帰省するときは、おばあちゃまとおじいちゃまの家に帰りますわ」

 香子は苦笑いしながら答えた。

『香子さんにお会いできないのは残念ですが、また連絡してね。帰省したら教えて!』

「ええ、わたしも寂しゅうございますわ。またね」

 香子の顔が緩んだ。

 親友と話すると心が弾む。

 また会えることを願うばかりだった。

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