第40話
「たかねえ、荷物の整理終わった?」
喜久が部屋に入ってきた。
「ええ、あらかた。喜久は?」
「俺もほぼ終わった。いやー、こんな綺麗な部屋あったんだね!」
香子と喜久の部屋は二階だ。
それぞれ6畳の洋室を用意されていた。
大きめのクローゼットに、学校のワークや参考書が置けるようにと本棚が置いてある。
二人共最低限の荷物しか持ってきていないので、シンプルである。
明日二人の私物が届けられる予定である。
「急いでここに来たから、荷物が少ないなぁ……」
「明日には届くから、それまでの我慢ですわ」
「引越し業者を使えばいいものを。わざわざ、お父さんの関係者を使って運んでくるんだろ? 世間体気にするお父さんとお母さんらしいちゃらしいけど」
喜久は嘆息した。
喜久と香子が転校することはもちろん、つゆ子と源三の家にいることは一部の人間しか知らない。言わないように厳命されている。
朝子はぼかして親友に説明したが。
「しかも、みんな休みというのにねぇ。お父さんに呼ばれて手伝えってさ。今時、頻繁に、休日にスタッフを呼び出して社長の家の手伝いに駆り出させる会社なんて、ブラック企業扱いされるだけなのに……」
香子と喜久は荷物係に駆り出されたスタッフに同情するだけであった。
毎日邦広と朝子は病院スタッフを
内心スタッフは嫌がっていると思う。
仕事とはいえ、逆らったら解雇されるので、しぶしぶ従っているのだろう。
「私もそう思いますわ。皆さんお休みの中来て頂くなんて、申し訳ない気分になりますわ。後でお礼にお茶を出したほうがいいかもしれませんね」
「うん、その方がいい。今日は暑いし。冷たいの用意しよう」
「うんうん」と朝子は首を上下にふる。
「香子ちゃん、喜久くん。荷解き終わったー?」
部屋に源三がやってきた。
「うん、終わった。明日荷物届くってさ。お父さんの病院のスタッフ呼んでさ」
「……引越し業者を呼べば良かったのに……わざわざ自分の病院のスタッフを呼び出すのは、近所にバレないようにするためか……。邦広ならやりかねんなー。スタッフが可哀想だ。邦広には今度からスタッフを家の手伝いのために呼び出すのはやめるように言っておこう」
源三は天を仰いで大きく息をついた。
「そうだよ。……それか引き返してもらうか……」
それはそれで来たのに「帰っていいですよ」になると
「私たちができることはやるようにして、お手伝いで来られる方は、最低限に
ちなみに、井上家の手伝いは毎日当番制で、その日ギリギリでないとスタッフは何をするかわからない。
この仕事をしても手当や残業代がもらえるわけではない。
完全にタダ働きである。
求人票に一切その内容が書いていないので、知らずに応募して入社してから初めて知るパターンである。
就職のクチコミサイトに書いても削除されるだけである。
朝子がこれを知ったのは、父が言っていたからである。
『井上歯科で働いている以上、井上家に貢献するのは当然。手伝いもその一環だ。
これを聞いて以来、香子はいたたまれない気分になった。
邦広がトップになってから始めたので、
邦広のワンマンなやり方にスタッフは嫌気をさしている。そのためここ数年スタッフの入れ替わりが激しくなっている。
今日もスタッフを使って引越しの手伝いをしてもらうことに香子は申し訳ない気分になった。
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