第7話

 朝子あさこ明珠香あすかの存在を知ったのは今年の保護者会だった。

 朝子は中学校の保護者会代表に選出された。

「このたびは保護者会代表に選出していただき誠にありがとう存じます。私、井上喜久の母の朝子と申します。一年間ベストを尽くしますので、皆様どうぞお力添えを頂けたらと存じます……少しお話が長くなりましたわ、ごめんあそばせ。では、ごきげんよう」

 突然のごきげんようの挨拶と上品な言い回し。そして穏やかな口調。

 朝子は紫桜学院の卒業生なのでこの言葉が自然と出るのである。

 しかし他の保護者たちは戸惑いが隠せなかった。

 

 ――やたら上品な言い回しをする保護者代表が出た。

 朝子の挨拶が保護者間でしばらく噂になった。

 そういう意味では朝子は他の保護者にインパクトを与えた。

 余談だがこの件は喜久の方にも話がいき、しばらくクラスメイトから朝子の話し方をネタにされた。

 さて、保護者会の代表に選ばれた朝子は家で名簿のチェックをしていた。

 次回の保護者会の案内を送るためである。

 朝子はエクセルの宛先と印刷された封筒を一軒一軒確認していた。

 「……まぁ!?」

 小さい声で驚いた。

 飯塚光咲いいづかみさき様と書かれた封筒。

 この名前を見た瞬間、朝子の顔が凍りついた。

 まさか、ね? まさか、そのようなことは。

 世間って本当に狭いのね。

 同姓同名の別人?

 心臓が跳ね上がった。

 そういえばこの方最近テレビで拝見したような。

 芸能人のお宅の拝見でインテリアコーディネーターが監修したお部屋という特集があった。

 生活感が見えない家として紹介されていた。

 家全体白を基調としている。

 家電製品のコードが見えないように木箱で隠したり、食品のパッケージを白い容器でサイズを揃えたりなど。基本的に「余計なモノを置かない」と言っていた。

 その監修者の名前が「Misaki」だった。

 その時は特に気にしてなかった。女性の名前でよく見かけるから。

 私もあれぐらいもっとコーディネートしたいと思っていたのだから。

 一体どのような人なのかネットで検索したら、彼女の経歴を載せたサイトが見つかった。

 噂好きのライターが芸能人や著名人や話題になった人の経歴を載せているものだった。

「紫桜学院中学校・高校出身」

「本名・飯塚光咲」

「夫と娘が一人」

――まさか今保護者会名簿の名前に載っている人と話題のインテリアコーディネーターが同姓同名だった。

「光咲」という名前は自分が生きていた中であの人しか出てこない。

 洪水のように高校時代のできごとが溢れ出る。

 飯塚光咲の娘は明珠香という名前だったはず。確か喜久と同級生。

 親しくしているとかなんとか。

 朝子としては喜久が明珠香と仲良くされると都合が悪い。

 冗談じゃない!

 そもそも朝子と光咲は紫桜学院の同級生だった。

 二人は仲がいいとは言えなかった。

 朝子は自分の親友である馨子かおるこが光咲と一緒にいるのが気に入らなかった。

 私の方が馨子さんと一緒にいる時間が長かったのに。

 

――馨子さんは私だけのものよ。


 朝子にとって馨子は小学校時代から共に進級してきた数少ない友人だった。そして親同士仲がよかった。

 中学校に上がると二人はなかなか同じクラスになれず、学校で会う機会が少なくなってきた。それでもプライベートで会っていた。

 高校二年になって二人と光咲は同じクラスになったが。

 馨子は光咲と一緒にいる時間が長かったのか、よく授業中に手紙のやり取りや放課後に二人でプリクラを撮りに行ってた。

 

 私の方が馨子さんのことを一番知っている。

 馨子本人には言ったことないが、密かに憧れに近い好意を持っている。

 小学生の時、朝子は馨子を友人としてみていた。しかし、恋愛対象となったのは中学生の頃だった。

 馨子が剣道で試合をしている姿を見て恋心が芽生えた。最初は「かっこいいなぁ、凛々しくて」と思っていた。それが段々止まらなくなり、お風呂で毎日「好き」を伝えるか考えていた。

 だからあとから入ってきた光咲を朝子は邪魔に思っていた。むしろ嫉妬していた。

 そんな朝子と光咲の関係が悪化する出来事があった。

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