第6話

「……うわぁ、すごい……」

 明珠香は言葉がでなかった。

「そもそも今日飯塚さんを連れておいでって言ったの母さんなんだよ。それなのになんで飯塚さん置いて俺が羽岡さんとお見合いなんかしないといけねーんだよ。マジ意味わからん」

 カンカンに怒っている喜久を香子が「落ち着きなさい」となだめる。

「明珠香さんもお気の毒ですわ。目が覚めたら喜久さんがいらっしゃらないってなりますと。それにしても喜久さんはどのようにされて車の中に……?」

「そうですの。どのようにすれば……。それにどなたがこのようなことをなさったのか」

 

 そもそも母が明珠香さんを呼んだのは純粋に興味あるから?

 普段から私たちの交友関係に関して口出しするタイプなので、最初母が喜久に明珠香さんを呼ぶことに許したことに驚いた。

 よく母親は息子が付き合う相手が気になる話がある。母もそういうところがあるのだと思った。

 しかし蓋を開けてみると、喜久は明珠香さんと一緒に部屋にいたはずなのにいつの間にかお見合いの席に連れて行かれてた。しかもその相手が親友だった。

 そういえばお手伝いさんを早々に帰らせたのも変だ。いつもなら二人とも夕方までいるはずなのに、今日は母から「早く帰っていいですよ」と言われた。

「……飯塚さんになにも言わずにお見合いに行ってごめん、心細かったでしょ?」

 喜久の謝罪に明珠香は「大丈夫よ、気にしないで」と返した。

 でも目が覚めた時に喜久がいなかったのが不安だった。

 一体何が起きたのかわからなかった。

 何より一番混乱しているのは喜久だと思う。

「明珠香さん、ひとまずお家に帰られてまた改めてお越しになって――」

 その瞬間玄関ドアが開く音がした。

「馨子さん、上がって」

 母の声だ。

「ええ、お邪魔いたしますわ。あらこちらの靴、志津子のですわ。もしかしたらこちらにいらっしゃるのかしら?」

 志津子が履いてきた靴は学校のローファーである。黒の。

「それに、こちらの靴は……?」

 ベージュのヒールがついたパンプス。

「……ええ、こちらはね、親戚の方のものですわ」

「ご親戚? 遊びにいらっしゃってるの?」

「ええ、まぁ……それより志津子さんがいらっしゃるなんて、喜久と意気投合してお部屋にいるのかしら?」

 二人が部屋に向かってくる。

 部屋にいる三人は心臓が跳ね上がりそうだった。母たちの一段一段足音が聞こえるたびに。

「喜久、いるのかしら? お母さんよ。いるのなら返事なさって」

 とノックをすると返事がない。

 喜久は無視したのである。

 母は「開けるわよ」と言ってきた。

 全員凍りついた。

「な、なんであの人が……!?」

 母が「お客様」に震えながら指差してきた。

「これから地下室に閉じ込めようと思ったのに! なんで? なんで目が覚めていらっしゃるの!」

「朝子さん、あちらのお嬢さんは……?」

 馨子が怪訝そうな声で尋ねる。

「私、飯塚明珠香と申します。今日井上くんの家に呼ばれたんですが……」

「はぁ、さようでございますか……あら、今日は喜久くん、うちの娘とお見合いするはずなんですが……ねぇ、どういうことですの? 朝子さん!」

 馨子が朝子に詰め寄った。

 ダブルブッキングしているのだから。

「そうだよ、飯塚さんを閉じ込めるってなんだよ! どういうことか説明しろ!」

「はしたないですわ、喜久。これだから庶民の生まれは……」

「俺の生まれは関係ないだろ! お母さんこそはしたない! ヒステリックな声で……」

「――今ここで親子ゲンカしてる場合ですか! とにかくお母様、みなさんにどういうことか説明してくださいます?」

 香子はいつもの上品な言い回しで二人を注意した。

「――今日のお見合いはね、私の復讐ですわ。飯塚さんとそのお母様に対する」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る