第11話

朝子の計算が狂った。

 香子が起きてしまったこと。

 そして何より喜久と志津子がお見合いから逃げてきたことが朝子にとって計算外だった。

 どうやって逃げたのか? なぜ逃げたのか?

 旧友との話に夢中になって気付かなかった。

 高校時代の一件が終わっても二人は連絡を取り続けていた。しかしライフワークが変わっていくうちにお互いに家に行く機会が減ってきた。馨子は昔と変わらず色々な人とランチだのイベントだの行くタイプで、徐々に予定が合わなくなった。連絡する機会が減ってきた。

 馨子の娘である志津子が紫桜学院の中学校から通うようになってから、連絡する機会が復活したもののそれでもゆっくり会う機会がなかった。今回のお見合いで数年ぶりに会うことになった。

 娘がどうしてるかや百貨店で催される展覧会の話や同級生が今どうしているのかなど。

「そういえば、小野寺光咲さんっていたでしょう?」

 話を切り出したのは馨子だった。

「先日テレビで拝見したのですが、インテリアコーディネーターになられたそうで」

「ええ、そのようですわね」

「とはいえ私も少し前に光咲さんの近況を知りましたのよ。たまたまテレビに出てましたから。それに娘が最近見ているドラマでも光咲さんがインテリアの監修で関わっているそうですわ」

「光咲さん、ご立派になられたのねー」

 と朝子は返した。

 朝子は光咲の名前がでた瞬間冷や汗がでた。

 その娘が自分の息子と仲良くしていて気に入らないことなんて口が裂けても言えなかった。

 それにしても二人が逃げ出したことは計算外だった。

 気づいたらいなくて二人は血相を変えてホテルのフロントに探すよう頼んだ。

「彼女たちならタクシーに乗りましたよ」と返ってきた。

「あっ、朝子さん、あの子達朝子さんのご自宅にいらっしゃいますわ」

 と馨子がスマートフォンの地図アプリを見せてきた。

「そうだ。いい加減、馨子のGPSの設定なくすつもりでいたのにすっかり忘れてましたわ。もう高校生なのに」と馨子は呟いた。

 馨子は志津子が中学生になり、スマートフォンを持ち始めたときにGPSの機能をつけていた。しかしある程度学年が上がったのでそろそろGPSの機能を外すつもりでいた。

「それより、早く自宅に戻らなければなりませんわ。馨子さんも一緒に来てくださる?」

 朝子は自分の車を取りに行くのに地下駐車場に向かった。馨子にはホテルの正面玄関で待っているよう伝えた。

 井上家に行くことになった。

 車に乗っている最中、二人は無言だった。

「私、娘に無理をさせたのかもしれませんわ」

 沈黙を破ったのは馨子だった。

「子供達の意思を確認しないでこのままお見合いを進める必要はございますか? 朝子さん?」

「さぁ、私には難しいことでして。分かりかねますわ」

 朝子は口元を手で隠して笑う。

「確かに紫桜学院の先輩方は、ご両親がお決めになったお相手と結婚されるかたが少なくないです。私たちもそうでした。でも自分でお決めになった殿方とご結婚されている方もいます。光咲さんはそうでした。私、彼女が少し羨ましいです」

 馨子自身も親が決めた相手だった。幸運なことに、夫とはうまくやっていると思う。

 今回のお見合いの件は双方の夫は知らない。朝子が水面下で進めるように言ったからである。

 馨子は朝子に強く言われてしまい夫に相談できないままでいた。

 夫に相談すればよかったと考える馨子に対し、朝子は

「やはり早いうちに喜久に親が決めた相手と結婚するのよと言えばよかったのかしら。香子もそのように小学校の頃から言いつけてますし……」

 内心香子が将来の結婚相手に関してどのように考えているのか分からない。

 実家も井上家も親が決めた相手と結婚するという考えが基本だった。それに対して何も疑問に思っていなかった。むしろ当たり前だった。

「さぁ、着きましたわ」

 


「――随分勝手な理由なんだな、朝子おばさん」

「おばさんじゃなくておかあさんでしょう、喜久」

 朝子はあくまでも淡々と喜久の言い方に注意した。

「まぁ、とにかくお紅茶を入れてきますわ」

 朝子は台所に向かった。

 一同に重苦しいなにかが突き刺さる。

「さぁ、できましたわ。皆さん召し上がって。香子もね」

 上品な所作でお茶を配る姿はさすがお嬢様育ちだけあるなと喜久は感嘆した。

 これを飲まないとまたなにか言われるだろう。

 一同は大人しくお茶に一口つけた。





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