第12話

香子はリビングで再び眠りに落ちていた。

 ――もしかしてお母様また同じことを?

 喜久、志津子さん母娘、明珠香さんたちがいない。

 まるで何事もなかったかのように、紅茶を飲むのに使った食器類がすべてなくなっている。

 リビングは日暮れ時を超えていて、あたり全体が暗い。

 時間を確認するために電気をつけると、もう七時を回っていた。

 香子は玄関に向かった。

 志津子さんたち帰ったのかしら?

 羽岡母娘の靴はない。帰ったのか。

 明珠香の靴もない。

 みんな帰ったのか?

 安堵した瞬間、家のどこからか電話の着信音が鳴った。しかし固定電話でもなく、香子のスマートフォンでもなかった。

 電話が鳴り続ける。乙女の祈りだ。

 どこか? 玄関横の部屋だ。

 ここは衣装部屋で、基本的に朝子の衣類や服が保管されている。

 その中に唯一カジュアルなカバンがあった。

 布製のベージュを基調としたトートバッグ。しかしこれは母のものではない。

 トートバッグから電話がなっていたのか。

 香子は電話の着信に答えるために手にとった。

 電話口から女性のパニックになった声が聴こえる。

『明珠香? お母さんです。連絡してください』




 飯塚光咲は憔悴してた。

もう十九時だ。いつもなら門限を守って家に帰っているし、帰る時には一報入れていたのに。

 十八時五十分ぐらいから何回かメッセージアプリで連絡するように伝えたが返事がない。それでも無理ならと電話してもずっと電話の呼び出し音しか聞こえない。

 「明珠香、まだ連絡つかないのか?」

 光咲以上に夫の秀清が憔悴していた。

 額から汗がにじみ出てる秀清の姿を見た光咲は「秀ちゃん、顔色悪いよ?」と不安げに顔を覗き込む。

「確か、今日井上くんの家にいくって言っていたな。よし、いまから殴りこみにいくか……思ったけどどこに住んでるか連絡先わからん。たしか、井上くんは明珠香の同級生だったよな。峰沢ネットワークを使って聞き出してみるか……それでも無理なら警察に……」

「もう一度電話かけてみて、それでも無理なら警察に相談しよう」

 光咲は天に祈る思いで電話をかけた。

 パニックになって心臓が跳ね上がりそうだ。

「明珠香? お母さんです。連絡してください」

――電話は繋がったが、出たのは明珠香ではなかった。

『ごきげんよう。もしもし、飯塚明珠香さんのお母様でしょうか?』

「あ、はい……失礼ですがあなたは?」

『ご無礼いたしました。私、喜久の姉の香子と申します』

「井上くんのお姉さま……」

 光咲は香子の言葉遣いにどうリアクションすればいいのか分からないでいた。

 懐かしい、と同時に苦い思い出がやってくる。

 ただでさえ、娘が帰って来ないというのに。

「まだ娘が帰ってこなくて、そちらにいらっしゃるのかと思いまして」

『まぁ! 明珠香さん、まだ戻ってこられてないのですね……!?』

「え、ええ……」

『もう一度私も探してみます。もし見つかったらこちらからご連絡致します』

「は、はい」

 とそこで電話は終了した。

「光咲、井上くんのお姉さんがなんで電話に出てるんだ?」

「分からない。でも喋り方や言い回し…」

 あの上品な喋り口調。言い回し。自然に身に付いたものだろう。

 一般の家庭じゃなかなか身につかない。

「さっき電話にでてた井上くんのお姉さん――香子さん、家族に紫桜の卒業生がいるか、本人が在籍してるのかまたは卒業生」

「紫桜の?」

「ごきげんようで挨拶してくるのはこの辺だと紫桜の子ぐらいだよ」

「まぁ、そうだよなぁ。峰沢ではいないし」

 峰沢で「ごきげんよう」なんて挨拶したら学校で浮く。

 ただでさえ「周りから浮くかどうか」に対して敏感な年頃に、我が道をいくのはかなりリスクが高い。

「とりあえず、井上くんとこの連絡を待ってみよう」

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