第13話

 ――とにかく、みんな探し出さなきゃ。

 キッチン、喜久の部屋、両親の部屋、お風呂場。

 思いつく場所を手当たり次第探した。

 いい年してかくれんぼをしているみたいだ。

 あとは――。

 ――母の部屋。

 昔、成績が振るわなかった、母に恥をかかせるようなことをさせる度に、部屋に閉じ込められた。

 母は人からの評判をかなり気にしている。

 常日頃から「井上家の娘である以上、淑女でいなさい。どこにでても恥ずかしくない人間になりなさい」と。

 あの部屋は普段鍵が掛かっている。

 鍵は母しか持っていない。

 母の部屋には母の過去のアルバムや学生時代の成績表や手紙が保管されている。

 触るともちろん怒られるので、具体的な内容は知らない。

 鍵がないので開けようがないのだが。

「香子? 何なさいまして?」

 後ろから――母の声がした。

 香子の肩が強ばった。

 振り向くと母がいた。どこに行ってたのか。

「お、お母様……」

「どうかなさいまして?」

「喜久と明珠香さんはどこにいらっしゃるの?」と聞こうとするが、声にでない。

 聞いちゃいけない?

 もうお手伝いさんたちが家に帰ってるから、あと知っているのはお母様だけ。

「あの、喜久と明日香さんそれに志津子さんは……」

「どこにいらっしゃるの?」と聞こうとした瞬間。

 母の顔が般若になった。

「あなたには関係ないことでしょう。夏休みの宿題は終わりましたの?」

 いつもの上品な口調に少しヒステリックさがにじみ出る。

 ――お母様、なにか隠してる。

 香子が確信した瞬間だった。

「関係ないことはないです! 私の親友がどこに行ったのか分からないのですよ! 連絡もつかない! 親友を心配して何が悪いんですか!」

 志津子さんは私にとって一番の親友で理解者でもある。

「親友が大切なら尚更喜久と結婚させるべきよ。喜久と志津子さんが結婚すれば、香子とは親族になれるのですから」

 朝子は薄く笑うかのように口角を釣り上げた。

 香子は母の笑い方に背筋が凍りついた。

「お母様、志津子さんたちはどこにいらっしゃるか教えて」

 香子は朝子に詰め寄った。

「それは教えられませんわ。うふふ」

 朝子が口元を手で隠して笑う。

「香子、あなたには関係ない事でしょう。親友がどうなってもよろしくて?」

「……お母様、それは脅しですか」

 香子は事務的な口調で聞き返す。

「まぁ、そんなことはなくってよ。わたくし、娘にそのようなことはできませんわ」

 そう感嘆教える訳ない。

 母の緩慢な口調によってふつふつと怒りが湧いてくる。

 親友は? 弟は? 明珠香あすかさんは?

「じゃぁ、こうしましょう。――なんとしてでも、喜久と志津子さんを結婚させる」

 香子は母の提案に口ごもった。

 ――今度、お見合いがありまして……私、行きたくないですわ。

 ――私は自分が『これだ!』と思った殿方と結婚しますわ。



 親友は嫌がっていた。

 まさか同級生の弟とお見合いするとは露にも思っていなかっただろう。

 しかも当日まで秘密にされていたのだから。

「……わ、わたくしは……」

 親友の意思を無視してまで、結婚させる必要はないと思う。

 弟も好きな子がいるのだから。

 いくら母が気に入らないからといって、勝手に結婚させられる筋合いはないと思う。

「ねぇ、どうなさいますの? 香子?」

「私は――」

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