お母様の復讐に巻き込まれたんですが、どうしましょう?
月見里ゆずる(やまなしゆずる)
第1話
「今週の土曜日、大事なお客様が来られますから、粗相のないようにね」
母から告げられたのは三日前の晩である。
誰がくるとは言わなかった。
来客があるのはいつものことである。
母は来客を招いておもてなしをするのが好きである。
近所の人はもちろん、保護者間、親族、趣味の仲間まで。
月に何度もこんなにおもてなしをするので、暇なんだなと思ってしまう。
しかもそのおもてなしというのが本格的なティーパーティである。
一体どこで買ったんだろうかと思うお茶類や銀食器。テーブルのセッティングにもこだわっている。
毎回「お皿は等間隔で置いて」「生花で使う瓶はこうだ」と母の厳しいチェックに、お手伝いさんが振り回されている。もちろん香子も。
傍から見ればめんどくさい親なんだと思う。
母曰く「立派な淑女になるためには、おもてなし上手になりなさい」ということらしい。
しかし香子は「何もそこまでしなくても」と思っている。
来客が楽しめたらそれだけで十分だと考えている。おもてなし云々といわれてもいまひとつピンと来ない。多分普通の女子高生はそこまで求めていないと思うし、別世界過ぎて逆に来なくなるのではないかと思っている。
しかし香子をはじめ他の同級生の家も似たような感じである。
香子が通う
挨拶は「ごきげんよう」、同級生にあだなで呼ぶのはもってのほかで、敬語で話すのがあたりまえ、徹底的に「お嬢様言葉」を叩き込まれる。
卒業後「上流社会」にでても恥ずかしくないように、マナーやおもてなしの作法、教養など厳しく指導される。また仏教系の学校なので、その関係の知識も教え込まれる。
これらを香子は小学校から叩き込まれてきた。
毎回毎回きっちりとしたおもてなしをしていると息苦しくなる。
――もう少し肩の力を抜きたい。
学校でも家でもいつも「品行方正」「淑女」を求められる。
昔は母の言う通りにきっちり守ってきたが、最近「このまま母や学校の言う通りに生きる必要はあるのか」と思うようになってきた。
母が紫桜学院の卒業生なので、尚更学校からの期待度が大きい。
そのため学校はもちろんプライベートでも何か
母の顔が広いからである。
それはすべて日頃のおもてなしにも繋がってくる。
本当はこんなきっちりしたホームパーティより、友達同士で、各自好きなお菓子を持ち寄って、自分の部屋でおしゃべりをして気軽に楽しむことをしたい。そして夜は布団で恋愛話に花を咲かせたい。好きなアイドルや芸能人の話をしてきゃっきゃっしてみたい。
いつだったか、テレビでそのようなシーンを見て「これが普通の女子高生の姿」と憧れるようになった。
しかし、現実は甘くない。
部屋できゃっきゃっしようものなら、母にはしたないと言われる。
ドラマはたまに見るが、旬の芸能人やアイドルに関してはあまり知らない。これも母の教育方針――暗黙の了解で井上家は家でドラマを見る習慣がない。見れるとしても、母がいないときである。テレビは基本教養ものばかりである。
――自由奔放な弟がちょっと羨ましい。
弟の
峰沢学園は男女共学の中高一貫校である。
紫桜学院とは違い自由な校風で、文武両道を売りにしている。
恋愛は学業に支障をきたさない程度ならいい、携帯の所持も可能。
香子は中学校から峰沢学園に行きたかったが、母に反対された。
多分自分が卒業生だからなんだと思う。実際、紫桜は祖母から母そして孫と代々通っているお家も少なくない。卒業生に血縁関係がいると学費が安くなるというメリットがあるから。
何より「母娘で紫桜に通わせる」という箔が欲しいのだと思う。紫桜に通わせるというだけで「さすがお嬢様学校に行ってるだけあるわね。しっかり教育されているね」と思われるから。
紫桜は校則が厳しく、先生たちが私生活に口出しをしてくることが少なくない。
携帯は持ち込むだけでも言われる。恋愛はもってのほか。
「彼氏がいる」のがバレてしまうと、最悪停学処分になる。青春時代は勉学と女性としての気品を身に付けるをモットーにしていると言っているが、実際は変な虫がついて面倒ごとを起こされるのを避けたいだけ――と香子は考えている。
紫桜に通う生徒は、子どもの頃から親が結婚相手を決めているケースが少なくないからである。高校卒業または大学卒業してからすぐに結婚からの専業主婦コース。
しかし現代は独身の卒業生も少なくない。とはいえ過去の卒業生たちが「早くいい相手見つけないと!」と結婚をせっつかれお見合いを持ってくるケースがある。
それはともかく、とにかく香子にとって今の学校生活は窮屈なのである。
――今度、お見合いがありまして……私、行きたくないですわ。
昨日学校で親友の
彼女は「もー、嫌!」といわんばかりに香子に言ってきた。
相手は誰かわからないという。
「とりあえず会ってくれ、くれぐれも失礼のないように」と親から言われたとか。
香子は「それは断った方が」と返したが、もう断れないとか。
とりあえず会ってっくれとのことだそうだ。
このままだと彼女も無理やり好きでもない相手と結婚させられるのだろう。
香子も結婚相手というか許嫁が一応いる。
地元で大きな歯科の院長の息子である。年は香子より三つ上で、国立大学の歯学部の一年生である。
彼とは子どもの頃から年に1回会うレベルである。
個人的に仲良くなりたいとは思わない。というのも、会っても無愛想で、香子のことに無関心である。そのため、香子は彼のことが昔から苦手である。
しかし、母がなんとしてでも結婚させたい様子で……そうすると家同士の繋がりが強固になるし、相手の家は政治家との付き合いもあるので、なにかと融通が利くと考えているからである。
香子の方も彼に対して苦手意識あるし、この時代に親が決めた相手と結婚するなんて真っ平御免だと思っている。
志津子はいつも香子に「香子さん、親が決めた相手と付き合うより、自分が好きになった人と付き合った方が楽しいと思うの」と言っている。
実際そうだと思う。
香子は自分の意思で物事を決めるより、母が決めた通りに今まで従ってきた。
志津子と一緒にいるようになってから、いい加減自分の意思を尊重しないといけないと意識するようにしているが、いざとなると、母の反応が気になって仕方がない。
――私はこのまま一生お母様の言う通りの人生を送るのかしら。
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