第2話
志津子のお見合い前日。
昼休みなので二人は教室でお弁当を食べていた。
志津子の箸がなかなか進まない。
弁当に入っているを一口食べるたびにため息をつく。
いつもなら「今日のお弁当はなにかしら」と嬉しそうに弁当箱を開けるぐらいだ。
志津子のお弁当はいつも手が込んでいる。
タコさんウインナーやオムライスを使ってクマのキャラクターにしたものなど、いわゆる「キャラ弁」というものである。
志津子曰く「お母様が趣味でなさってるの。でも私はもう恥ずかしいですわ」だそうで。
香子は内心羨ましいなと思っている。
でも母に言ったら「見た目より味、栄養」と言うのが目に見えている。
実際弁当に使う食材はオーガニックもの。そして冷凍ではなく基本手作り。
母は基本的に流行りものに否定的だから。
「もーっ、いっそのこと『お付き合いしている方がいる』って言おうかしら、お母様に……」
「お見合いはお家の運命がかかってますからね。志津子さん、ベストを尽くしてくださいね」
「香子さんは、何もお思いにならないですの? 自分が好いた殿方と恋に落ちて結婚するのと、お父様とお母様がお決めになったお相手と結婚するのとでは、全然違いますのよ!」
「え、まぁ……それは……」
朝子は口ごもった。
「先生方は良妻賢母や
三従の教えとは女性は子どもの時は父や兄に従い、結婚したら夫に従い、老いては子に従えという古い中国の女性道徳の教えである。これを二人は中学校の時に毎朝唱えていた。
三従の教え――香子の場合は父ともれなく母がついてくるが。
「三従の教えは、もう現代には合わないではないかしら。この理論だと女性の意思は一つもないことになりますわ。結婚相手は自分で決めたい」
背が高くて、顔立ちがよくて。
私を引っ張って下さるひと。あっ、家事ができる方がいいですわ。
年上年下は関係ないわ。
今、旬の俳優さんみたいだといいわ。
ほら、今放送しているので、女子高生の女の子が先輩に片思いをしているというドラマあるでしょう。
香子さんご覧になってる?
先輩役の俳優さんが素敵なの。
それに、主役の女優さんも可愛くて。
主役の子が「好きです」っていう思いを伝えるのにどうすればいいか悪戦苦闘している姿を見ているとこっちまでやきもきしてしまうわ。
毎週録画しているから、今度香子さんも一緒にご覧になりましょ。
志津子が興奮気味に話す「理想の恋人」の話がまだまだ続きそうだ。
香子は旬の俳優と言われてもいまひとつピンとこなかった。
テレビドラマをほとんど見ない香子にとっては、縁遠い話である。
まして自分から男性を好きになることがないのだから。
「ねぇ、香子さん」
突然真剣な眼差しで
「――私と付き合っていることにしませんか?」
と続けた。
志津子の一言に対し、香子の頭がフリーズした。
冷静になるのよ、香子。
確かに志津子とは中学時代からの友人関係だ。
紫桜学院は男女交際が禁止されているが、女子同士の交際に関してはとやかく言ってこない。昔からある。
それに女子校だと、冗談で恋人の真似ごとを友人同士でしてる姿を見るのはどこでもある話だ。
「どうかなさいまして? 香子さん?」
「いきなりのことで、どのようにお返事すればと……」
香子の声が弱々しくなる。
すると志津子は「うふふ」と手で口元を隠して笑いだした。
「まぁ、ご冗談ですわ。でもそんな姿が可愛いのよね」
「もーっ、からかわないでくださる?」
香子は口を尖らせた。
「私は自分が『これだ!』と思った殿方と結婚しますわ」
志津子の目が輝いている。
私はこのまま母の言う通りに生きていったとしたら。
結婚相手には困らないだろう。もう既に決まっているのだから。
ただ私自身その相手の人が好きかと言われたらそうでもない。
「ただ単に親が決めたから」に尽きる。
――本当は志津子さんのように自分の意思で決められるようになりたい。
香子は志津子の自分の意思を持つというところに密かに憧れている。
人は自分にないものに惹かれるというが、そのとおりだと思う。
弟の喜久も嫌だということにはきちんと言い返す。
多分志津子さんや喜久のように親に反抗するというのは誰もが通る道で、ごくありふれたものなんだと思う。
今の自分は意見したり反抗したりしない。
ただ人の言うことを素直に聞くだけ。
両親や先生に叱られるから?
優等生でいれば心の平安が保てるから?
ただの操り人形にすぎない。
所詮は自分の保身を守るためにすぎない。
井上香子という人格――個人ではなく「両親の
志津子は今回のお見合いに出席しても断る気満々だ。
当日までどのような人か写真すら見せてもらえないという。
会ってからのお楽しみ。
そんなお見合い不安しかない。
さっきはベストを尽くしてねと簡単に言ってしまったけど、志津子の立場を考えるそのような余裕はないと思う。
香子は自分の無責任な言動に後悔した。
「香子さん、もうお昼休みが終わってしまうわ。次は音楽の授業ですわね。一緒に行きましょ」
腕時計を確認すると十三時前だ。
次は音楽室だから早く移動しないと。準備しなければと香子は机の中から教科書を取り出した。
先生から「井上さん、時間厳守ですよ。一流の淑女をめざす以上云々」と長いお説教が待っている。
紫桜学院の先生方女性が九割、男性は一割ぐらいしかいない。その女性の先生方がお小言やお説教の長いタイプが多い。なぜかわからない。そして大半が紫桜学院の卒業生なので「恥をかかせないように」なんてよく言う。
対して男性の先生は少数派なのか、生徒たちには優しい。「次から気をつけてね」で終わる。
というよりは、女性の先生方が長年権力をもっているからである。そのため、男性の立場は非常に弱い。
余談だが、紫桜学院の男性の先生は見た目が整っている人がいない。
あえて見た目が微妙な先生を入れることで、生徒と先生の恋愛関係にならないようにということらしい。
「香子さん、急ぎましょ」
二人は急ぎ足で音楽室に向かった。
時間ギリギリになって二人は先生からお小言を頂いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます