第3話

「香子、お客様にお茶をお出ししますから手伝ってくださる? 橋本さんと川井さんと一緒に」

 母にお茶出しの手伝いを言われた香子は「はい」と穏やかに返事をする。

 その姿に母が満足そうに笑みを浮かべる。

 台所に行くとお手伝いの橋本と川井が割烹着姿で待っていた。

 二人とも長年井上家でお手伝いさんを勤めているベテランである。

 井上家にはこの二人以外にも何人かお手伝いさんがいるが、彼ら彼女らをまとめているのが母である。

 そこから母からティータワーを出してだの、マカロンやクッキーを均等に置いてだのあれこれ指示を受けて準備していく。

「奥様、お茶の準備は……お二人分でよろしいのでしょうか?」

「お茶の準備は私が致します。橋本さんと川井さんはそろそろ休憩なさって」

 母の口調がどこか強い語気をはらんでいた。

「承知しました」

 二人は台所をあとにした。

「お母様、私は?」

「香子はお茶をお客様にお渡しして」

 今日のお客様は弟の部屋にいる。もう既に来ている。

 手際よく母がお茶を入れる様子を眺めるだけ。

「では、お客様にお渡ししてください」

 銀食器に乗せられたお茶菓子をもっていくように言われた香子は慎重に抱える。

 二階の弟の部屋まで物音ださず登っていくのは至難の技である。

 物音を出したら母からはしたないと言われる。

 マナーに則って弟の部屋のドアをノックすると「はーい」と返事がきた。

 失礼しますと器用にドアを開けると、弟とお客様がいた。

 ――お客様って女の子でしたの?

 春らしくピンクのスカートと白のブラウス。

 セミロングでウェーブがかかっている。

 凛々しい目つきと小顔。そして鼻が高い。

 目も二重だ。

「あ、あの、初めまして! 井上くんの同級生のい、飯塚明珠香いいづかあすかと、も、もうします!」

 緊張しているのかたどたどしさが出ていて微笑ましい。

「姉の香子と申します。よろしくお願いしますね、飯塚さん」

 香子は二人に「お茶をお持ちしましたの。どうぞ召し上がって」と丁寧な動作で机の上に置いた。

「では失礼致します。ごきげんよう」

 香子の話し方に明珠香は言葉がでなかった。

 部屋を出た香子の心臓が跳ね上がりそうだった。

 弟が連れてきた人がまさか女性だとは。

 香子は異性を自分の部屋に呼ぶことをしたことがない。

 小学校から紫桜学院なのでほとんどが女子ばかりである。

 多分母が許さないだろう。

 というより今まで弟にも異性のお友達を呼ぶのはよしとしなかった母がなぜ。

 母は「男女だんじょ七歳ななさいにしてせきおなじゅうせず」の考えだから。

 小学校入ってから近所の男子と仲良くするのをよしとしなかった。男性と親しくして許されるのは家族・親族、決まった人だけ。

 そういうのもあってか小学校から女子校の香子は男性との関わりかたがいまひとつ掴めないところがある。また喜久に母は「必要以上に異性と仲良くしない」と口酸っぱく言われている。

 それはともかく何かありそう。

 階段を下りながら嫌な予感がした。勘違いだといいけど。

 リビングに行くと、母が「先ほどのお茶とお菓子が余りましたので、香子も召し上がって」と。

 もったいないから頂こう。

「ではいただきます」

 仕事した後のお茶は美味しい。

「あら、橋本さんと川井さんは?」

「今日はお暇していただいたわ。今日は土曜日ですからね。お二人にもお休みになる時間が必要ですから」

 母の微笑みが少し怖い――ような気がした。




 あなたには報いが必要。

 それは未来永劫。

 あなた自身はもちろん、その家族そして子孫まで。

 末代まで因果応報を願っている。

 あなたに幸せになる権利なんてない。

 私が不幸になったんだから今度はあなたが不幸になる番。

 ねぇ、私がどれほど苦しんだかお分かり?

 あの人と一緒にいるのが嫌で嫌で仕方が無かった。

 それでも「お嬢様らしく」嫌な感情を表に出さないように努めてきた。

 苦しみを周りには見せないように。大人になって。

 早くあの環境から逃げ出したいのもあってすぐに結婚した。でもそれは親が決めたもの。

 自分の意思なんてなかった。好きな人でもない。昔から取り決めてたから。

 片やあなたは好きな人と結ばれて娘もいる。

 なんで? なんで? あなたがそこに?

 幸せな人生を送りたいと願ってきた。

 あの件について忘れようとしてきた。

 なのに。あなたの名前を見たから。

 思い出したかのように憎しみのマグマがふつふつと湧いてきた。

 なんで何事もなかったようにいるの?

 

 あなたなんて不幸になればいいのに。

 罪悪感で苦しんでしまえばいいのに。

 他の人があなたは幸せでいていいと言っても私は断固許さない。

 あなたの大切なもの傷つけてあげる。そしてくるしめばいい。

 もがいて息が詰まるまで。

 そのためなら手段を問わない。

 

 

この白詰草を胸にずっとあなたに復讐を誓う。

 だってあなたの――。

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