第27話

 家に戻った飯塚いいづか夫妻はリビングのソファに座ってコーヒーを飲んでくつろいでいた。

 二人の疲労感はピークに達していた。

 怒りと虚無感きょむかんと悲しさが色々混じっている。

「ねぇ、しゅうちゃん……」

 光咲が弱々しく呟く。

「うちのお母さんがやったことはもちろん良くないことだよ。朝子さんのお父さんと関係持った挙句再婚したんだから。朝子さんがあの母に苦労するのも無理ないと思う。実の娘である私とお兄ちゃんも苦労したんだから。お父さんは本当に私とお兄ちゃんのことをよく考えてくれてた。参観日さんかんびや進路相談や学校のイベントに来たのは全部お父さんよ。あぁ、でも全体で集まる保護者会ほごしゃかいだけはお母さん行ってたね。これは他の男性をあさるためだったのかもね」

 紫桜学院しおうがくいんでは年に何回か大規模な保護者会が開かれる。それは学年単位だったり、中学校は中学校、高校は高校だったり。

 主に紫桜の生徒または近隣で何かしら事案じあんが起きたときだ。

 大規模だいきぼな保護者会は通常のときより保護者が来る。

 紫桜学院の保護者の中には両親共働きの家が少なくないので、夜遅くに行われる。そのため通常の保護者会になかなか出席できない父兄が来ることが可能である。

 しかしその保護者会の男性の出入りが厳しい。

 基本的に紫桜学院は異性の出入りを禁止しており、父か祖父か小学生以下の男性しか出入りが認められていない。保護者会も文化祭もそうだ。

 紫桜学院は裕福な子女が集まる。保護者会にくる父兄は会社でそれなりの役職や地域の権力者や由緒ゆいしょある家の人である人が少なくない。

 母は裕福でそれなりの地位についている男性が集まることを分かってて保護者会に出席した。

 通常の保護者会は日中でほとんどが母親ばかりだ。

 女性ばかりくる通常の保護者会だと母はつまらないから来なかった。そもそも同性に敵対心持っている母が来る訳がない。来たのはいつも父だった。

「光咲のお母さん、なぁ……」

 秀清は大きく嘆息たんそくした。

「お母さんがしたことが私たちに影響しているのよ。朝子さんとのお父さんの件もそうだけど、お母さん昔から色々やらかしてたから」

 光咲の母である小野寺八重子おのでらやえこは、高校時代同級生の彼氏を略奪りゃくだつしたことがある。

 それも何回もだ。

 八重子は誰が好きか聞いてそれをわかった上で自分の彼氏にさせるのである。ひどいときは妻子がいる男性教師に手をだしていた。

 そのため女子から蛇蝎だかつのごとく嫌われていた。

 事情をよく知らない男子たちからはちやほやされていたが、それも段々なくなり、最終的には「小野寺八重子に恋バナとノロケ話するな」と学内で暗黙あんもくのルールとされるようになった。

 教師と関係になった時は双方そうほう家族呼び出しで、八重子の父が終始平謝り。本人と八重子の母は納得言ってない様子だった。

 

 ――自分が好きになった男性がたまたま妻子ある方であって、私は悪くない。

 ――娘の恋路を邪魔するなんて先生方はご理解できないのですか。

 教師は系列の学校へ移動した。この調子だと八重子は退学になるのではと噂されていたが、八重子の母がお金で解決させたのである。

 

 学内で有名人になった八重子は、周りに疎まれようがどこ吹く風だった。

 後に光咲の担任となる水野みずの澪花れいかは八重子と同級生で、今までの行いを知っていたので、光咲が紫桜学院にいるときは辛くあたっていた。

「私の高校時代の担任である水野みずの先生に辛く当たられてたけど、これもお母さんに対する復讐だったのかもね。私を標的にして。今度は朝子さんが明珠香あすかを標的にして私に精神的ダメージを与えようとしたり、ブログのコメントに誹謗中傷の嫌がらせしたり。――私、いつまで因果応報を受けないといけないのかなぁ……」

 光咲の目から大粒の涙が出てきた。

 さりげなく秀清が光咲を抱きよせて安心させる。

 井上夫妻の飯塚夫妻に対するあんまりな言いぐさ

 あそこまで人格否定レベルのことを言われたのは初めてである。

 よく言い返さなかったなと思う。

 光咲が「同級生の保護者と不倫した小野寺八重子」の子どもである事実は消えない。

 それがずっとついて回ってくる。

 兄もそれは同じだ。

「私は親の因果応報いんがおうほうで不幸になるのは当然なのかしら。その方が朝子さんとしては嬉しいだろうけど。でも私にも幸せになる権利はあるはずよ……」


 私は私。母は母。兄は兄。


――『親の因果は子に報いる』という呪縛じゅばくから解放かいほうされたいと思うのはわがままなことなのだろうか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る