第26話

「――これ以上私たちを侮辱ぶじょくするような発言をされるのでしたら、法的手段を取りますよ。妻のブログの件とともに」

「だからそれはなかったことに……」

 邦広くにひろは口ごもった。

「あなたはおたくの妻が何をなさったか理解されてますか!」

「ええ、わかっていますよ。妻が被害者であることを」

「妻が被害者!? ちゃんちゃらおかしいですね! まず、私たちの娘をおたくの奥様が睡眠導入剤すいみんどうにゅうざい入りのお茶を飲ませて、小屋に閉じ込めてたんですよ。そしておたくの息子さんがうちの娘が来客されているにも関わらず、おたくの奥様が無理やりお見合いに連れて行った。そのすべての理由がおたくの奥様と妻の高校時代のことを引き合いにして復讐という非常に理解しがたい内容であった。しかも子どもたちを巻き込んで。うちの義母ぎぼがやったことは、ゆるされないことです。おたくの奥様はずっと自分が被害者と言わんばかりの態度をとっていますが、それはうちの妻も被害者であることはかわりないんです。なぜそれを……上級国民じょうきゅうこくみんであるあなたならご理解いただけるとおもっていたんですけどねぇ。おたくのお子様たちはきちんと謝罪されているのにも関わらず、あなたたち夫婦はずっと自分たちの体面たいめんばかりですね」

「井上家はおたくと違って由緒ゆいしょある家だ。私はこれから選挙も控えている。地位のある人間になる予定なんだ。下手なことで表面化したらどうなるか……体面を気にして何が悪い? まっ、下々しもじものあなたたちには難しいお話でしたねぇ」

 邦広は開き直っている。

「へぇ、これから地位のある人間になるお方が、いとも簡単にうちの妻や家族へ平気で悪口言えるんですね。良かったですね、SNSじゃなくて。おたくの奥さんはうちの妻のブログに誹謗中傷ひぼうちゅうしょうコメントや事実無根じじつむこんの内容を載せた結果、妻のファンを名乗る方がうちに突撃とつげきされました。それでもおたくの妻は責任取るつもりないと――あなたたち夫婦お似合いですね」

「初めからおたくのお嬢さんが喜久と仲良くならなければいい話ではないですか。……こんなことになるぐらいなら、はじめから、喜久を引き取るんじゃなかった。井上家として跡継ぎで引き取ったのに……峰沢みねざわに入れるんじゃなかった。共学じゃなくて男子校にすれば良かった。あれ夫婦が受けた学校がたまたま峰沢だったから仕方なく入れたようなもんだ。そしたらうちの妻を苦しめた女の孫と仲良くりやがって……まぁ、あの雅典まさのりとあの女の息子だ。所詮しょせんは下々の子だ。弟と違って俺の方が格上かくうえだ」

 邦広の言い草に喜久よしひさの顔がこわばった。なにも言えない。

 飯塚夫妻への暴言の次は、喜久とその両親がターゲットになった。

 あまりにもひどすぎて、秀清しゅうせいは言葉を失った。

 

 自分から「由緒あるお家」だ「自分が政治家になるのだから家族がやったことをとにかくもみ消せ」だ。そしてその妻は人に「お墓とお葬式の準備をなさったらどう?」だ「浄土じょうどの世界へ行って欲しい」だ遠まわしに死んでくれと言う。人の家や自分の身内を侮辱するようなことを言う人が、議員になっても言動で炎上するだろう。最悪家族の言動もクローズアップされる。最初は猫かぶるかもしれないが。

 ここまでの言いようだとさすがに清々すがすがしい。

「これ以上お話しているのは時間のむだですね。今日の件は娘にお話します。ここにいると妻の精神衛生上せいしんえいせいじょうよろしくないので。――喜久くん、香子たかこちゃん。話してくれてありがとう。では、失礼します」

 秀清は放心気味ほうしんぎみ光咲みさきを気遣いながら井上家を後にした。

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