第15話

「あらぁ、ごきげんよう。小野寺光咲さん――あら失礼。飯塚光咲さんでしたわね。ごめんあそばせ」

「……ご、ごきげんよう、名川めいかわ朝子さん。こちら夫の秀清さん」

 お互い旧姓で呼んでいる時点でマウントの取り合いをしているように見えた。

 明珠香の両親が井上家にやってきたのは電話して一時間後のことだった。

 玄関で香子と喜久は顔を曇らせながら、母の様子を伺う。


 ……優しそうなご両親だなーおしゃれだなー。

 それが香子の第一印象だった。


 母親はミディアムヘアをゆるく巻いて、紺のブラウスにベージュのパンツスタイル。細い足を魅力的に引き出す。

 父親の方はかっちりとしていないねずみ色のジャケットに白のカットソーと紺のアンクルパンツ。黒のスニーカー。

 ミディアムベースの髪型と短めにカットされた襟足、黒縁のメガネで親しみやすさを出している。

「たかねえ、飯塚さんとこのご両親優しそうだなぁ。僕の実の両親みたい」

 ぼそっと秀清がつぶやく。

「そうですわね。有紗ありさおばさまと雅典まさのりおじさまみたい」

 

 喜久の実両親はいつも親しみやすさがでていたので、香子は好きだった。しかも堅苦しい言葉遣いでなくてもとやかく言われないので気楽だった。しかし、母とは合わなかったそうだが。


「……あの、明珠香は……?」

 玄関に娘がいないので間髪をいれずに光咲が尋ねる。

「私が、簡単にお嬢様の居場所を教えるとお思いでして?」

「……えっ? なんでですか?」

 朝子言い草にたいして少し挑発するように秀清が尋ねる。

「光咲さん、あなたのご主人随分といばったような言い草ですわね。人のものを奪った娘にはお似合いですわ……あら言葉が過ぎましたかしら?」


 ……あぁ、これは怒ってらっしゃる……ご両親。


 明珠香の母は戸惑いの顔している。父の方は無の顔をしている。

 言葉には出さないが。


「朝子さん、人のものを奪った娘って……もしかして高校時代の件を引き合いにしてるのですか?」

「さようでございます。それがなにか?」

 朝子はそれが当然でしょと言わんばかりだった。

「ご主人は、光咲さんの高校時代の件はご存知ですの?」

「もちろん、知ってます。その上で結婚してますので」

「あなたも随分もの好きですこと。あの人のお母様は私の父と不適切な関係になってるのですよ?」

 朝子が鼻で笑う。

「だから何ですか? 光咲に責任はない。まして、明珠香に何の関係があるんですか?」

 秀清はことごとく妻をばかにしてくる朝子に対して怒りのボルテージが上がっていった。口調が荒くなっていく。

「――親の因果は子に報いる。責任とってもらわないとねぇ。私は光咲さんに復讐するために。――復讐にはを傷つけるのが一番いいといいますからね。だから、おたくのお嬢様を利用させていただきましたわ。あとは私の子どもたちと羽岡さん所も。ごめんあそばせ」

 最後に「うふふ」とつきそうな朝子の笑い方に、飯塚夫婦は開いた口が塞がらなかった。

 

 一連のやりとりを見ていた喜久と香子は止めるにも止められなかった。

 もうこの母に何いっても無駄であると。

 自分の復讐のために、親友と喜久と自分が利用されていた。

 

「……ふざけないでくださいます? 朝子さん。復讐のためになら何にでも利用するんですか? 子どもたちは関係ないでしょう。確かに私の母とあなたのお父様は不適切な関係になりました。でも、その責任を私や明珠香そして主人に背負わせる必要はないと思うんです。――そんなに私が平凡でいられるのがお気に召されないのですか?」

 静かに言い返す光咲に対して朝子は。

「ええ、気に入らないですわ。責任とるのは当然ですわ。そもそもおたくのお嬢様と私の息子と仲良くならなかったらいい話ではないですか。保護者会であなたのお名前を拝見しましてね。かつて仲が悪かった同級生の子どもが自分の子どもが仲良くされるのはね……だから自分の子どもをなんとしてでも引き離したいと思いまして。だから、羽岡さんところのお嬢様と私の息子をお見合いさせて、ゆくゆくは本当に結婚させようとしたですの。羽岡さん――市村いちむらさんの娘と」

「いちむらさん……あぁ、馨子かおるこさん……」

 光咲は名前を聞いた瞬間、古傷がえぐられるような感覚になった。

 かつて自分が親友だと思っていたクラスメイトの名前。

 あの一件で裏切られた。

 さっきから光咲の心は大きく傷が広がっていく。

 もう思い出したくない、あの一件。

 すべては母が悪いのに。

 

 ――もう嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 

 秀清はおもむろに朝子に近寄って

「さっきから勝手な言い分ですね。全部理不尽な理由で子どもたち巻き込んで復讐?

 ちゃんちゃらおかしいわ。――いい加減、明珠香の居場所を教えてくれますかねぇ。これ以上変なことしますと警察に通報しますよ。近所にバレますけど」

 ドスの効いた声で質問した。

 本当は殴りそうな勢いだ。

 殴ったら殴ったで警察のお世話になるのでやらないが。

「……わ、分かりましたわ。――香子、居場所を教えてさしあげて」

 朝子は周りの評判を優先した。

「たかねえ、なんで? どういうこと!」

 喜久がパニックになって香子のもとに詰め寄った。


「今から案内しますので、皆さんついてきてください」

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