第24話

横から「やめろ。見苦しいから喧嘩するな。香子もこれ以上余計なこと言うな」と邦くにひろが止める。

「もういいでしょう。とにかくなかったことにしてください。――いやぁ、下々しもじもの方たちは沢山お時間がありまして羨ましいですねぇ」

 邦広の見下した発言に光咲はもちろん秀清しゅうせいも我慢ならなかった。

「さっきから下々だ妻に対して遠まわしに死んでくれだ、お金払いたくないだ、なんなんですか!? 私たちを馬鹿にするのも大概にしてくれませんかね? 子どもたちが頭下げて親であるあなたたちが謝罪しないのってね……」

「下々の方であるのは事実でしょう。飯塚光咲のお母様の件も事実でしょう。妻と結婚するときに全て聞きました。そりゃ復讐したくなりますわ。因果応報いんがおうほうざまぁですよ! 親の因果は子に報いるといいますからね。嫌いな人や憎い人の不幸ほど美味しいものはないですから。せいぜいおたくらは生き地獄を味わうといいですよ。あなたたちの評判がガタ落ちすると更に美味しいさが倍増する。今日はご飯が美味しくなりそうだ。なぁ、朝子」

 邦広はニンマリと口をゆるませ意気揚々いきようようと話す。

「ええ、さようでございますわ」

「下々の方であるあなご主人、あなたたちには汚れてもらうのが一番お似合いだ。裏方で目立たず日陰で生きていろ。上級国民じょうきゅうこくみんであるわたしたちの目の前にあらわれるな」

 さらに邦広は飯塚夫妻を馬鹿にする発言を続けた。

「思考はいつか言動に、言動はいつか行動につながるっていいますけど、本当にそのとおりですね。おたくが普段から下々である人を見下していることがよーーくわかりました!」

「市議会議員かなんか存じ上げませんが、裏方のことないがしろにすると痛い目遭いますよ。ドラマだってそう。音楽、照明、衣装、ロケーション、音楽など裏方のスタッフたちがいるから主役始め出演者が映えるんですよ。あなた、日頃から協力しているスタッフを蔑ろにしてそうですね。くれぐれも下々の方たちに支えられていることを忘れずにいてください。

 邦広の挑発に負けじと秀清が言い返す。

「今はそんなの関係ないだろう。……それにしても飯塚さんのご主人、あなたももの好きですね。飯塚光咲のお母様があんなのでその娘である方もいずれはおなじようなことをされるでしょう。蛙の子は蛙といいますからね。今のうちに離婚の準備をされては? ご主人に相応しい女性紹介しますよ。同級生の保護者と不倫した親をもつ小野寺――いや失敬。飯塚光咲より、品のある女性で尚且つご家庭もしっかりされている方ばかりですから」

 はっはっと意地の悪い顔で言う邦広。

「光咲さん、あなたはそろそろお葬式とお墓のご準備をなさったらいかがでしょう? 光咲さんが浄土じょうどの世界へ行かれたら、すみやかにお香典こうでんご準備いたしますわ。ご主人も安堵されるでしょうから」

 畳たたみ掛けるように朝子が挑発する。

 朝子の挑発に光咲は何も言い返せないでいた。

 光咲の自尊心じそんしんはズタボロである。

 泣かないように、泣かないように意識を向ける。そして言い返さないように。

 今ここで泣いたら相手の思うツボである。

 「まぁ人前で泣かれるなんて……あなたのお母様も自分の感情に正直でいらっしゃいましたわ。やはりお母様に似てらっしゃいますこと。私はとてもなさる気にはなれませんわ」と井上朝子は言うだろう。

 上品な物言いしながらわからないように相手に嫌味を言う。

 

 実際母は自分に対して正直である。

 とにかく自分が一番で、自分の思い通りにいかないと泣いたり怒ったりするのである。

 人前でもお構いなしだ。

 その一方で自分の体面や評判に対して人一倍敏感だった。

 だから朝子が言うのはわからなくもない。

 ただ。

 

――これ以上私や家族を侮辱ぶじょくされるのはこたえる……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る