第36話

「下々の人間が上の言うこと聞くのは当然だろうが。むしろ下々の奴が足引っ張って困っているんだぞ」

 さらに悪態をつく邦広。

「まだいうか! 今のあなたがあるのは、その下々の方たちが陰で土台を作ってくれたからでしょう! その下々の方がいなくなったら、あなたはなにができるのです?」

 負けじとつゆ子が言い返す。

「……あー、なんで俺の周りはこんな自己主張激しい奴ばかりになったんだ! 黙って俺と朝子の言うことを聞けばいいのに……」

 邦広は頭を激しく掻きむしる。

「喜久くんと香子ちゃんが親に言い返すのは当然のことです! むしろ成長の証でしょう。特に香子ちゃんは今まで自分の意見を言うことありました?」

 邦広と朝子は何も返さない。

「……井上家本家として長の言うことを聞くのは当然だ。それに逆らう奴や邪魔する奴は容赦なくたたきつぶすし切り捨てる。それが何か? わかったならとっとと棺桶かんおけに入っとれ!」

「お義母さま、邦広様の言うとおりですわ。この家の存続のためには、子どもたちを利用するのも当然じゃないですか。下々のお育ちの方にはかようなことはご理解できないでしょうが」

 朝子が煽る。

「子どもたちを利用してまでねぇ……それで復讐ですって? 子どもたちを巻き込んで……」

「お前には関係ねぇだろ。なんで知ってんだ。盗み聞きってさすが下々のやることは違うな。財産残してとっとと失せろ。井上家本家長男の命令だ」

 邦広は舌打ちをした。

「あぁ、どこで育て方間違えたのかしら……雅典ならそんなこと絶対言わないのに……」

 さめざめしく泣くふりをするつゆ子。

「あいつと引き合いにするな! もうあいつはいねーんだ! 死んだ奴のことなんか忘れろ! 俺はあいつがいなくて清々しているんだ。今後あいつ及びその女のことを話題にするな」

 朝子が隣で頷く。

 つゆ子は深くため息をついた。

「邦広が雅典まさのりのことを嫌ってるのは知っていたわ。昔から仲が悪かったから」

 

 勉強は苦手だが世渡り上手で人に優しい雅典。

 表向きは成績優秀で先生から評判がいいものの、裏で人を見下したり、高圧的な態度を取ったりな邦広。

 子どもの頃は二人で仲良く遊んでいたが、段々学年が上がるにつれて仲が悪くなった。

 決定的に仲が悪くなったのは、雅典の結婚の件である。

 邦広が有紗のことを終始馬鹿にしていたのである。

 直球ではなく遠まわしに。

「お育ちが違いますのでうちとは合わないのでは」「うちは基本的に上流階級の方々と付き合いが多いのですが、珍しいですね」「六年間大学に通っていて親御さんも大変でしょう」「うちの財産に魅力を感じたからご結婚されるのですか?」と皮肉を投げた。

 雅典は目の前で婚約者を馬鹿にされているのをみてカンカンになった。

 つゆ子と源三が止めてもこの調子だった。

 雅典が有紗と結婚してもこれが続いた。

 朝子も有紗のことを馬鹿にしていた。これも遠まわしに。


 跡継ぎの件もつゆ子と源三は雅典にしたいと考えていたが、雅典は断った。


 ――井上家本家の跡継ぎは長男である兄ちゃんってなってるし、俺になっても兄ちゃんは圧力をかけて潰すと思う。

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