第9話

 ある日、二時間目が終了した時のことだった。

 この日は礼拝が行われており、尚且つ報恩講という行事の日だったので、誰も教室におらず、生徒と先生たちは礼拝堂に集まっていた。

 礼拝堂には立派な仏壇や装飾物がある。仏壇に飾ってある花は毎回礼拝のたびに帰られている。

 報恩講や仏教関係の大きなイベントの時には、いつも以上に装飾が豪華で、法話をする人を外部から呼んでくる。そのほとんどが卒業生かまたはお寺の住職である。

 親友の馨子に協力してもらい、光咲に盗難の犯人としてでっちあげた。


「お母様に似て人に物を盗むのがお上手ね」

「あらぁ、ご存知ないのかしら。あなたのお母様、私の父と不倫していますの。人の夫を盗んでいるということですの」

「私、見ましたの。お出かけの帰りに。この間の日曜日、あなたのお母様が夜、父と

密着してるところを。不審に思いまして、あなたの家について調べさせてもらいましたわ。ごめんあそばせ」

 朝子の口調は上品だが、随分馬鹿にするような言い方だった。

 盗難の話は担任の水野先生に伝わった。

 元々先生から特に担任からは随分嫌われてた。

 かつて担任と八重子でもめたことがあったからである。

 そういうのもあってかあの一件で光咲は徐々に同級生から距離を置かれるようになった。

 一方朝子は次第に保健室登校になった。

 光咲の顔を見ると嫌でも思い出してしまうからである。


――小野寺家と名川家は崩壊した。

 

 双方離婚し、八重子と卓がくっついた。

 朝子は卓側についた。

 大学の進学&学費を出してもらう条件として、大学入学まで卓そして八重子と一緒に住むことだった。

 学費を自分で出す自信がなかった朝子は条件を飲むことにした。

 大学入学までの間、八重子と住むのが苦痛だった。

 八重子の性格についていけなかった。

 とにかくわがままだった。気に入らないと甲高い声で罵る。

 しかしこれは朝子の前だけだった。

 家事と料理はまずしない。

 父曰く再婚前のデートでピクニックに行った際に手作り弁当を持ってきたとのことだが、あれは八重子の母が作ったものを持ってきただけだった。あたかも自分が作った風に装ってた。それでも父は「いいよ、いいよ。八重子かわいいなー」で片付けてた。

 

 余談だが二人が会ったのは光咲と朝子が中学校の時だった。保護者会の集まりだった。

 最初、八重子が卓に「相談」という名目で会っていた。しかも「他の人の前ではできないから人気のないところで。子どものことで相談したいの」「卓さんに奥様がいるのはわかっていますが。でも相談させて」と。

 最初卓は本当に話を聞いていた。とにかく話が長いなと思いながらも。

 今まで妻以外縁がなかった自分にとって女性に頼りにされて胸が高鳴った。

 特別な存在なのかもしれないと少しずつ意識するようになった。

 相談場所もレストランからだんだんホテルになっていた。

 ――いわゆる「相談女」の手口だった。

 つまり小野寺八重子は相談女だった――ということに気づいたのは再婚してからである。いつだったか見た情報番組で相談女の特集をしていて手口がまんま八重子のモノとそっくりだったから。

 それでも再婚して目をつぶっているところがある。

 

 話は戻るが家事しない理由は、八重子曰く「やーちゃんはなにもしなくていいのよ。だってみんながやってくれるから」「やーちゃんは世界一かわいい女なの」とあっけらかんと言い放った。

 他に「世の男性はやーちゃんのいうことにあっさり聞いてくれるの。だってやーちゃん、巨乳だし、可愛いし、床上手だもん」とぶりっ子口調だった。

 朝子は八重子の迷言にめまいを覚えた。

 これが四十路超えた女性のいう言葉かと。

 とりあえずハウスキーパーを呼ぶようにした。毎日。父は「仕方ないなー、可愛い八重子のために聞いてあげよう」とあっさり承諾した。

 少しでも家族で揉めると、すぐに八重子の母が飛んできて「ゆるしてあげて、この子は離婚されて可哀想だから」「あの子は大事なお姫様。だから大事にして。言うこと聞いてあげて」と。

 夜の時が一番苦痛だった。寝室が離れているとはいえ、二人の声が耳障りだった。

 早くあの家から出たかった。

 

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