第30話

 香子たかこ俗物的ぞくぶつというか同年代の流行りものにうといところがあって、喜久よしひさと話が合わなかった。

 流行りの漫画やゲームはわからない。

 香子が持っている本は文学系や哲学など堅苦しい本ばかりだ。

 曰く「お父様とお母様が買ってきてくださったけど、本当は読みたくないの」と。

 ファッション誌も当然ない。

 香子の普段着は同年代が来ているズボンやパンツスタイルよりどちらかというと、年配受けがいい紺色やベージュのスカートやワンピースかブラウスばかりだ。

 ちなみに香子はスニーカーを基本履かない。パンプスかハイヒールだ。

 しゅんの俳優女優もよく分かっていない。ましてアイドルはもっとわからないだろう。

 テレビを見ても教養番組やドキュメンタリーばかりだ。

 喜久はこの家に来てから、バラエティーやドラマを観る機会がなくなった。

 塾が忙しいのもあるが、録画が禁止なのでネットの配信で我慢している。

 月額の料金を払うことを考えれば、中学生の喜久にはハードルが高いので無料の部分しか観ていない。それで隠れて観ている。

 バレたら「そんなくだらないものを観る暇があれば勉強しろ」と言われるだけだ。

 ちなみに漫画や小説も隠れて課金している。

 それもいつばれるのではないかと思うとヒヤヒヤしている。

 朝子はそういうシステムについては疎いところがあるし、真面目なので両親の言うことを律儀に聞いている。だから余計同年代の子とかけ離れた「浮世離うきよばなれしたお嬢様」になっている。

 いつも親族の集まりに来ても喜久と香子は話が合わない。

 今でも何を話したらいいか分からない。

 浮世離れしたお嬢様と話すとしたら学校のことぐらいだ。

 香子が通う学校について聞いていると、時代遅れだし、まるで刑務所けいむしょみたいだと喜久は思っている。

 正直今後は親族の集まりを遠慮えんりょしたいところである。

 いつだったか、朝子は喜久に「親族の集まりや父の関係者の集まりばかり出席しているから、たまには肩の力を抜きたい」と言っていた。

 本当は疲れているのだと思う。


 ――香子は子どもの頃から「大人の対応」を常に求められている。

 

 喜久は香子のことを「たかねえ」と呼んでいるが、最初は朝子から怒られた。

 『行儀が悪いからせめて『たかこおねえさま』と呼びなさいと』

 しかし香子本人は「たかねえ」と呼ばれるのが嬉しいのかなにも言ってこない。

 同じ井上家でも、実両親である雅典まさのり有紗ありさとでは教育方針が全然違うので喜久は戸惑とまどうばかりであった。

 雅典と有紗は庶民的しょみんてきというか、堅苦しい生活ではなかったし、友人との付き合いに必要以上に口出ししなかった。

 勉強やスポーツで結果をだしたらきちんと褒めてくれた。

 うまく出せなかった時は一緒に悔しがってくれた。

 娯楽ごらくも必要以上に制限するタイプではなかった。

 喜久らしくいられた。

 ただ井上朝子あさこ邦広くにひろ夫妻とうまく言っているとは言い難い状態だった。

 特に邦広は雅典のことを内心見下していた。

 世渡り上手の雅典と真面目で外聞に神経質な邦広。

 一般家庭育ちの有紗とお嬢様育ちの朝子。

 喜久と香子の祖母そぼであるつゆ子と朝子は表面上仲良くやっていたが、陰で朝子がつゆ子のことを見下していた。

 一時期香子はつゆ子と一緒に住んでいたが、いつの間にかいなくなったという感じだ。喜久もどこにいるかわからない。

 一方庶民的な有紗とつゆ子は上手くやれていた。

 喜久と香子は親しみやすさがあるつゆ子のことが好きだった。

 

 香子や喜久の見えないところで何か確執かくしつがあったのかもしれない。

 

 それでもってきょう喜久は邦広から「引き取るんじゃなかった」と言われ、ただただなにも言えないでいた。

 思った以上に見下されていた。

 喜久は邦広とあまり話す機会がなくせいぜい「お年玉くれるおじさん」「なんかえらひと」ぐらいの認識しかなかった。

 なんかいつもピリピリしている人だなと思っていた。

 この家に来て喜久は邦広に罵詈雑言ばりぞうごんあびせさせられるとはまさか思っていなかった。

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