アフター 新たな一歩を踏み出す日



 世界地図の西側にある大陸、ソル・ラシア大陸。

 その中央を統治する大国ソル・ミレニムア国。


 本日、その国の王宮の前は歴史に残る瞬間を一目見ようとする国民達が集まっていた。


 行われるのはエルランドの戴冠式。

 式は、国政を担う政治役の十人のメンバー……十士じゅうしが居並ぶ中で式は行われ、王宮の祭事を取り仕切る役目の人物……祭士さいしが、王位継承の証である冠をエルランドに渡す事となる。


 王宮の前に集まった人々が歓声が上げる中、近くの建物から正午を知らせる鐘が鳴り響く。

 その集まった人々の中、中ほどの位置に立っている一組の親子が会話していた。


「ねぇ、お父さん。もうすぐ王様が顔を見せてくれるの?」

「ああ、そうだよ。元王のグレイアンの暴政からお体を張って私達を救ってくれた英雄の一人だ」

 

 鐘が鳴り終わると同時に、人々の声がどよめきに変わる。


 王宮に備え付けられたバルコニーにエルランドが姿を見せたのだ。


「お父さん、見えないよぉ」

「確かにこの人ごみじゃな。よし、ちょっと待ってろ」


 傍らに立つ父親は娘の為にいったん腰を下げ、彼女にも王の姿が見えるように肩車してやる。


「どうだ、見えるか?」

「うん、王様だ!」


 王がバルコニーの上で、こちらへと手を振るのが少女にも見えた。同時、先程の比ではない歓声がその場に満ちる。


「わわ、すごい声だね」

「それだけ、エルランド様が慕われているということだ」


 その反対を言えば、元王であるグレイアンはひどかった。

 民の事をまるで考えずに税を吊り上げるわ、問題が起こってもなんの対処もせずに放置するわ。それだけならまだしも、賄賂や縁故で採用した兵士を野放しにし、町の治安を守るどころか悪くする一方だった。


「じゃあ、エルランド様が王様になって良かったね」

「こらこら、まだなってない。これからだぞ」


 娘の気が早い言葉に苦笑する父親、だがそれが実現することを疑いはしていなかった。

 これからは幸せな日々が訪れる。

 それは彼だけでなく。ここにいる誰もがそう思っていることだ。


 現に、グレイアンを王座から追い出したここ数週間で、王都は見違えるように様変わりしているのだから。


 集まった人々はいつのまにか静まりかえっていた。

 式が始まったからだ。


 一つ一つ、取り決められた儀式をこなし、小一時間する頃には王冠をエルランドに手渡すだけとなる。


 王宮内部とバルコニーへとつながる扉は開け放たれ、城内にいる音楽隊が勇壮な音楽を鳴り響かせ、弛緩していた空気が引き締まる。


「ふぁあ、あ、王様が動いた」

「ん、ああそうだな」


 頭の上で船を漕ぎそうになっていた娘に、同じように意識をどこか彼方へと追いやりそうになっていた父親は返事をした。

 人間とはこういう大掛かりな儀式や時間のかかる出来事には退屈しやすいようにできているのだから仕方がない。


 しかし、事件は起きた。

 バルコニーの上をエルランドが歩き冠を受け取ろうとしたとき、何かが閃いたのだ。


 どこからか飛んできた何かが剣に弾かれて、バルコニーの床へと落ちたのだった。

 それは紛れもなく王を狙う攻撃だった。


 王の前に立ち、剣を掲げて防いだ者は黒紫の髪をした青年だった。彼は素早い動作で空を見上げる。

 いつからそうしていたのか、城の窓で待機していた何者かたちがバルコニーへと飛び降りてくるのが民達からも見えた。


「王様、危ないよ!」

「これは、大変だ!」


 集まった国民たちは息を飲む者、悲鳴を上げる者、など様々だ。


 そういえばグレイアンの子飼いの部下がまだ見つかっていないということだが、この事件はそういう事かもしれない。

 再び、王位を収めようとするために、エルランドを亡き者にするつもりなのだ。


 黒紫の髪をした青年は、襲い来る刺客たちと戦い始める。

 護衛役であろう茶髪の女性に引っ張られて、エルランドはすぐに城の中に避難したようだった。


「兵士さん、がんばれー」


 頭の上の娘が戦っているその青年へと声援を送る。

 その言葉を皮切りにしてか群全なのか、声の輪は徐々に大きくなっていく。


「ああ、そうだ頑張れー!」「兵士さんやっちゃって」「俺たちの未来をお前にかけた!」


 きっとその声が届いたのだろう。

 苦戦していた様子の青年は、見事な手並みで刺客たちを圧倒し始めた。


 そしてダメ押しとばかりにそこに英雄が登場する。

 周囲はもう大歓声だ。


 淡い金色の髪をした女性。遠くからなのでよくは見えないが他の兵士とは比べ物にはならない存在感を放っているのでそうなのだろう。


 現れた彼女こそは、この国を救った真の英雄、ステラ・ウティレシアだ。


「英雄さんだ! すごいすごい!」


 娘が頭の上で大はしゃぎでいている。

 落とさないか心配なくらいだ。

 だがその気持ちも分からなくはない父親は、娘が落ちてしまわないようにと落ちないように細心の注意をはらって支える。


 というのも、少女と父親は一度かの英雄と会っているからだ。

 揺れ衣を着せられて兵士に連行されそうになっている場にての幸いで、幸運にも英雄に出くわしたのだ。

 その時は女性の友人に助けられたが、父親は知っていた。自分たちを助けるために彼女が一歩動いていたのを。


「ああ、貴方は私達の英雄なんですね」


 目の前バルコニー上では、違いすぎる力量にとうとう敗北を悟り刺客達が剣を捨てるところだった。

 英雄は自らの剣を掲げて、勝利を知らせている。


「お父さん、泣いてるの? 大丈夫」

「ああ、大丈夫だ。これは悲しくて泣いてるんじゃない。嬉しいからなんだ」


 不思議そうな娘へ安心させるように言い聞かせる。


 父親は歓喜の涙で頬を濡らすままに、少女へと言い聞かせた。


「よぉく、見ておきなさい。あれがこの国を英雄の姿だよ」





 バルコニーの上に立つ英雄ステラは歓声の中、レイダスへ声をかける。


「貴方も手ぐらい振ったらどうなの」

「俺は見せもんになる気はねぇよ」


 つい先日牢から出されたばかりの元重罪人は、なんの反応も返さぬままその場を立ち去って行く。


「彼の手綱を引くのは難しそうだわ」


 後に残された英雄は、小さくそんな言葉をもらした。









 檻から出された猛獣ことレイダスが野放しにされてから数日。

 当初懸念されていた、裏切り、脱走などの重大事件は発生することはなかった。

 ステラ達は平和な日々を過ごしている。


 空中庭園、そこに生えている一本の木の枝の上で昼寝しているレイダスを見つめる。


 条件を吞んだことも驚きだが、こうして大人しくしてるのもすごく驚きだ。

 ツェルトなんかは未だに警戒してるし、ステラ自身もこの平穏は嵐の前の静けさなんじゃないかと疑っているのが現状なのだ。


「すごく今更だけど、あなたが野放しにされてるの見てるとなんだかとてつもなく不安になってくるわ」

「あぁ? 気持ちよく寝てんのに邪魔すんじぇねぇ、殺すぞ」

「寝てるふりでしょ。本当に寝てたら即答したりしないわよ」


 ステラに話かけられたレイダスはものすごく迷惑そうに顔をしかめてこちらへと見せる。

 威嚇してるつもりなのだろう。


 ステラはその場に用事があるのだが、彼がまったくそこからどく気配をみせないことに何かを言うのを諦めた。

 持参した敷物を広げ、食堂でもらってきたご飯(これから合流予定の人数分)と、知り合いの友達が作ってくれた茶菓子を広げていく。


「てめぇ、何やってんだ。んなとこで」

「ここで何しようが私の勝手でしょ。どくなら貴方の方がどいてちょうだい」

「はっ、口の達者な女だな。それこそ、ここに居座るのも俺様の勝手だろうが」


 顔を合わせば憎まれ口、言葉を交わせば喧嘩腰。

 ステラとレイダスの関係は最悪といっていいものだ。


 学生時代にあった彼に関連する嫌な思い出まで思い出しそうで、心がささくれだちそうになる。

 よくもああ、渦中に入ってきて引っ搔きまわしてくれたものだ。

 だが、広げた食べ物から美味しそうな匂いがただよって来たので、意識がそちらへと向かっていった。


 上でレイダスが鼻を鳴らす音がする。

 一回だけじゃないので、それは小馬鹿にしているのではなく匂いを嗅いでいるのか。


「牛肉……卵、人参……」


 そしてそんな呟き声が降ってくる。

 全部、ステラが広げた食べ物に入っている。


「よく分かるわね」

「はっ、鍛え方がちげぇんだよ」


 そういう問題なのだろうか。

 なんて、首をひねっているとレイダスが降りてきた。


 土足で、敷物に足を乗せておかずを一つまみする。


「ちょっと、そこ土足厳禁よ。それに、あなたの分じゃないわ」

「細けぇこというんじゃねぇよ。一つへったぐらいじゃ、変わんねぇよ」

「変わるわよ、栄養バランスとかくずれちゃうじゃない」


 後から来る仲間の分を減らすわけにはいかないので、自然とステラのものが減ったことになってしまう。

 そのおかず、楽しみにとっておこうと思ってたのに。


 その顔色を読んだのかレイダスが意地悪く笑ってみせる。

 嫌な人間だ。


「後で食べようなんざ思ってるから、盗られんだよ。俺様だったらその場で食ってる」

「貴方を基準にしないで」


 それ以上ステラのおかずをへらされないように腕でガードするが、レイダスが次に狙ったのは別の獲物だ。


「あっ」

「甘ったりぃ」


 食後のお菓子だった。

 サクサクのクッキーが一つ彼の口の中に消えていってしまった。

 それも楽しみにしていたのに。


 どうして彼はそうことごとくステラの楽しみを奪いにこれるのか。

 嫌いな人間だ


「人のもの食べて置いて文句言わないで」

「甘いもんを甘いっつって何が悪い」


 もう、ああ言えばこういう、こういえばああ言うんだから。


 だが、目の前の人間は嫌で嫌いな人間でほぼ間違いはないのだが、頼りになるという点も間違いではない。

 それは先日の戴冠式で身をもって感じたことだ。


「ねぇ、一つ気になってるんだけど。あの時、途中から急に動きがよくなったわよね。あれはどうしてなの」


 具体的には国民たちからの声援を受けてからだけど、ひょっとしたらひょっとして彼も自らの行いを振り返って、何かしらの良い心境の変化でもあったのではないかと期待するが……。


「勘違いすんじゃねぇ。俺様が戦うのはいつだって俺様の為だけだ。そこにはなんの変化も起きねぇし、起こす予定もねぇ。虫唾の走るうるさい声からさっさと解放されたかった。それだけだ」

「そう……」


 どうやらステラの推測は的外れのものだったらしい。


「だが、今までの俺のやり方じゃこれ以上強くなれねぇって思い知らされたからな。指図されるのも、命令されるのも吐き気がするもんだが、気分が良いときだけ、やりたくねぇこと我慢してやる」

「そう」


 納得は遠く、和解もあり得ない。

 埋まらない意見の溝はあるし。協力なんてもってもほか、現状ありえないだろう。


 ただ、確実に一歩分だけ彼の距離が近づいた気がして、ステラはこの先も喧嘩しつづけるだろう関係の隙間に救いの光を見たような気がした。


 そんな事を考えていると、それぞれに用事を済ませた仲間達がやってくるのが見えた。

 

「おーい、ステラちゃーん、遅くなってごめ……って、レイダス!?」

「あんのやろ、ステラに何ちょっかいかけてんだよ。それしていいの俺だけなんだぞ!」

「ステラさん、怪我はしてないみたいですけど、大丈夫でしょうか」

「大丈夫だろう、なんていったって彼女は英雄なのだから」


 ニオにツェルト、にアリアにクレウスだ。

 それぞれレイダスの存在に目を丸くしたり、肩を怒らせたりと反応を見せている。


「はっ、うるせぇのが来やがった。昼寝できねぇじゃねぇか」


 まっしぐらにこちらに向かってくるツェルトから離れるようにレイダスは、その場から退く。


「おい、女ぁ!」

「女じゃないわ、ステラよ」

「てめぇなんざ、女で十分だ。あれで勝ったと思ってんじゃねぇぞ、次は地べた叩きつけてぶちのめしてやるからな、覚えてろよ」

「折れるどころか、折り目さえつかない貴方に尊敬すらするわね」


 何にせよ、と遠ざかっていく背中を見てステラは思う。

 一歩踏み出すにしても、国の変化とは違い彼の場合は気が長くなりそうだ、と。


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勇者ご令嬢 乙女ゲームの世界で悪役令嬢に転生したけどとりあえず最強を目指します 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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