第29話 ヒロインが原作を大幅ブレイクしてます



 それからステラ様達と一緒の、夢のような学校生活を送りました。

 とても楽しかったですし、剣技や戦闘知識については随分とお世話になりました。

 ただ勉強が苦手だというのは少し以外でしたけど、私としては思わぬ面が見られ親近感が湧いて良かったと思います。


 そして交換学生の期限が残り二日となった日の事です。

 授業を終えた私はステラ様に慌てて声をかけました。


「大変です、ステラ様。クレウスが私に隠し事をしてました!」


 余計な心労はかけないと決めたばかりなのに、私は何をやってるのでしょう。





 それでも私は気になって気になって仕方がなかったのです。

 私がステラ様の事について何か力になれないか思い、クレウスに相談しました。

 その翌日から、彼は放課後にツェルトさんと二人で、校舎裏に広がっている幻惑の森に入るようになったんです。これは推測ですが、二人はここ最近は毎日のようにその森を訪れているようなのです。

 幼馴染である私に何も言わずに。まったく、少しも、これぽっちも、何も相談せずに、です。


「ひどいんですよ、聞いても何も答えてくれなくて、後で話す、ばっかりなんです」

「貴方ってそんなに怒るような性格だったかしら……。記憶と違うような……おかしいわね」


 ステラ様が何かおっしゃっているようでしたが、クレウスへの怒りでいっぱいの私の耳には入りませんでした。

 私はステラ様と一緒に、クレウス達の入っていった森へ進んでいく事になりました。





 森の中は薄暗くて、視界があまり良くありませんでした。

 進んでいくと魔物も出るようになりましたが、全てステラ様の一声で奥へと逃げていってしまいました。

 威圧といいう技術らしいですが、声だけで魔物を撃退するなんてすごいです。

 子供や老人、戦えない人が身につけれられば、魔物の被害もきっとすごく減少すると思うんですけど、彼女自身どういう原理でそうなるのか分からないみたいなので、すごく残念です。


 そんな事を考えてると何かが爆発するような音が耳に届きました。

 私はステラ様と顔を見合わせ、その音がする方へと急ぎます。


 聞こえてくる音を頼りに走ると、森の奥へたどり着き、先に歩いていたクレウス達の背中が見えてきました。二人の目の前には小さな祠があります。

 私達は気づかれないようにそっと近づいて行きました。


「いてて……半端ねぇな。今日もか。手も足も出なかった」

「大精霊様相手によく健闘した方だと思うが。仮に倒せても本当に倒す気はなかったろう?」

「ま、そうだけどな。実力を計る目的だったし」


 地面に膝をついた姿勢のツェルトさんは体中いたるところが土まみれです。隣に立つクレウスが呆れた様に手を差し出して立たせてました。


「……やっぱ無理なのか? ……だよなぁ。大精霊なら。ステラの記憶を治せるんじゃないかってアテにしてきたんだけど。……そっか、無理か」


 沈んだツェルトさんの声。祠の方に向かってお話してるみたいですが、すごく未練たっぷりに聞こえます。


 どうやら、二人はそういう理由で森に入ったらしかったです。

 それならそうと何で私に声をかけてくれなかったのでしょう。

 ステラさんはともかく、私だって力はあるのに、仲間外れにされるなんて。


「クレウスはそう言う意味でやってるんじゃないと思うわよ」


 そんな気持ちが顔に出ていたのか、ステラ様に気を使われてしまいました。


「そうでしょうか?」

「これ以上は私の口からは言えないわね。気になるんだったら本人に直接聞いてみなさい」

「はい……」


 助けになるつもりが助けられてばかりです。

 何だか無性に、申し訳なくなってきました。

 こんな所にこんな形でステラ様を連れて来てしまった私は大馬鹿さんです。

 ステラ様とツェルトさんの事情に盗み聞きして、土足で立ち入るような真似をして……。

 力になりたいとは思いしましたが、こんな形は良くありません。


「気にしなくてもいいわ。まあ、そう言ってもあなた達は無理よね。なら今度、町を案内してもらえない? こっちの方はあまり詳しくないし、面白い店とか可愛い店とかたくさん案内してくれると嬉しいわ」

「は、はい。喜んで」

「ツェルトといい貴方といい、あんまり気にしない方がいいのに……、ってツェルト?」


 ステラ様は何か引っかかることでおるのか、私の横で首をひねってらっしゃいます。


 それにしても、ステラさんはツェルトさんにとても大切にされてるみたいで、少しうらやましくなりました。

 できることなら、私もそういうふうに大切にされたいと思います。

 例えば……。

 例えば?


「誰にでしょうか……?」


 それぞれ思う事、考えることはありますが、クレウス達の方の話も進んでいるようです。


「ふーん、今は勇者と契約してんのか。……え、ここって俺達の地元の森と繋がってんのか。ひょっとしてあの森がやばいのって、そういう事かぁ……大きくなりすぎた力を放出する必要があるって……何か少し羨ましいな、いや悪い」


 隣でステラさんもそう言うことだったのね、と納得顔です。

 地元の森という事は例の迷いの森の事でしょう。


 しかし、そこにいるらしい大精霊様の声は私の耳にはまったく届かないのですが。

 そう考えているとクレウスが同じようなことを口にします。


「僕にはさっぱり聞こえないんだが、精霊使いの君には聞こえてるのだろうけれど。本当に大精霊様はいるのか?」

「いるいる、ちゃんといる。超聞こえてるし、俺存在感じてる」

「君の説明だとあまり説得力がないように聞こえるんだが……」


 そうですね。というより、いいように騙されているのではないかとすら思えてきます。

 ツェルトはそういう人なのよ、と隣でステラ様が頷いて、その後自分の発言に不思議そうにしてらっしゃいます。

 この数日は大人しくされていましたが、そういえば昔会った時は、こういう人でしたね。


「ん、勇者より強くなればお前を使役できるのか。それ本当か? ……いや、そんな事したら勇者の野郎が困るだろ。今、あいつと契約してんだろ? 野郎が死ぬような事があったらもっぺん来るよ」

「勇者様が死ぬような事がそうそう起きるとは思えないんだが」

「細かい事いうなよ。ほらそろそろと戻らないと、お前の彼女がヘコむぞ」

「アリアは僕の彼女ではないんだが。しかし、こうなると僕の方も考えなければならないな。大精霊様の力、狙っていたんだが」


 祠に軽く手を振ってその場を去っていくクレウス達。

 私達は慌てて二人の進路から離れます。

 去っていく前に一度だけツェルトさんが振り返りましたが、私達の事は気付かれてないはず……。


「ツェルトに気づかれちゃったわね、クレウスには内緒にしてくれると思うから心配はいらないわよ」


 ばっちり気付かれてました。

 私達も森を去ろうとしますが、ステラ様は祠の方を見て立ち止まりました。


「どうしてかしら? 私にも、大精霊の声が聞こえてきたわ」

「えっ」


 精霊使いでもないのに、どうしてステラ様が。

 私には相変わらず一言も聞こえないのに、ステラ様にははっきりと聞こえてるらしく、迷いなく祠に近づいて話しかけられます。


「私に何の話があるのかしら?」


 耳を澄ませて、短い言葉のやり取り。

 こんなに近くにいるのに、私には姿も声も聞こえない。

 クレウスがツェルトさんを疑った気持ち、少し分かる様な気がしました。


「そうよ。私は別の所からこの世界に来たの。……。えっ、貴方が呼んだの? どうして?」


 ステラ様はしばらく無言で耳を傾けられた後、頭を下げました。


「……そういうことだったの。教えてくれてありがとう」

「あの、ステラ様……」

「何でもないわ、とある物語の話をしただけよ。行きましょう」


 あっさりとした様子でしたし、ステラさんの様子は変わりません。きっと大した話ではないのでしょう。

 その場にいるらしい大精霊様に挨拶をして、私達はその場を去りました。





 そして交換学生の期間はあっという間に過ぎ去ってしまいました。最後の日です。

 私は、放課後にステラ様達へ王都の街の案内をしました。


 たくさんの人が行きかう街の様子は二人にはすごく新鮮だったようです。

 珍しいお店などもいっぱいあって、目を丸くしっぱなしです。

 少しですけど、恩返しできたよう気がします。


 帰りには、露店でこんな事がありました。


「すごいですツェルトさん。本物そっくりです」

「君にこんな才能があったとは……」


 王都の町の片隅、木彫りの商品を並べている店を覗いていると、ツェルトさんが店主さんと仲良くなって、その場で彫刻刀を持って片手ほどの木の塊を彫り始めたんです。

 とても素人とは思えない鮮やかな手つきに私はクレウスと一緒に驚きました。


 できたのは可愛らしいクマさんです。なんでも野外授業の時に何度か遭遇したことがあるそうで、よく姿を覚えてたみたいです。クマなんて、絵本と違って実際は怖いと思ってたんですけど、こんな可愛いクマさんなら私もあってみたいと思いました。

 そんなことを言ったらクレウスが隣で、これはもしかして敵わない脅威に媚びを売っている姿なのでは……など言っていましたが、どうしてそう思ったのでしょう?

 

「へぇ、すごいじゃない。貴方ってこういうの得意だったわよね」

「そうなんですか、わぁ、よいですね」


 丁寧に掘られた木彫りお人形を見て何気なくステラ様の口から出たセリフに私は相槌を打ちますが、それを聞いたツェルトさんは固まりました。


「ステラ、今の言葉って、まさか記憶が……」

「え、戻っては……いないと思うけど。でも何となく貴方ってこういうのが得意だって思えたの」

「そっか、でも……そうか」


 ツェルトさんは残念そうな表情を見せた後、だけどほんの少し嬉しそうにされました。





 そして、分かれの日の朝がやってきました。

 私とクレウスはステラ様とツェルトさんのお見送りに、二人がこの数日お世話になっていた学生寮にやってきました。


 ほんの少しの間でしたがこの数日はとても楽しかったです。笑顔で見送ろうと思っていたのですが、ステラ様を目の前にしてみると、涙が出てきそうです。


「ステラ様、短い間でしたがありがとうございました」

「こっちこそ、楽しかったわアリア。また会えるといいわね」

「はい、ステラ様!」


 ぜひ、また会いたいです。


 あ、そうです!

 学校を卒業して、騎士になる事が出来たら自分へのご褒美にまた会いに行く事にしましょう。

 その時はクレウスへの仕返しです。どこに連れていくのか内緒して驚かせてみるののもいいかもしません。


「それと、アリア。最後にお願いがあるんだけど」

「何ですか!」


 お世話になったお礼です。できる限り全力で叶えちゃいます。

 ステラ様は近づいた私の勢いにたじろがれたのか、ややのけ反りながらも、その最後のお願いを口にされました。


さま付けはなしよアリア。呼び捨てで呼んでちょうだい、私達、友達でしょう?」






 後日、交換学生としての数日を追終えて地元へと帰ってきたステラの元に一通の手紙が送られてきた。


 開封した手紙の内容は以下の通りである。


「ステラさん。あの、私、色々自分の心を見つめ直して、答えが分かりました」

「私はクレウスの事が……その、一人の女性として好き、みたいです。気付いてしまったからには卒業までなんて待ってられません。告白しようと思います」

「だって、クレウスはあんなに素敵で格好いんです。放っておいたら誰かにとられちゃわないか心配で。幻惑の森のことも私が大事だったからって……、優しくて。それに、私の運命の人はあの人しかいないから、沢山の時間を一緒に過ごしたいんです」


 本文はもっと長かったが、短くまとめればそんな内容だ。

 怒涛の展開になってしまったようだ。


「そ、そう頑張って……」


 ステラの反応としては、そうとしか言えない。

 原作ではヒロインは卒業式に告白するのだが、何か彼女の心境を変化させる出来事でもあったのだろうか。

 ほんの数日前までは、カップル成立までに後何ヶ月かかかるのかと思っていたのに。まったく原因が分からない。


 それにしても、とステラは幻惑の森で大精霊とした話の内容を思いかえす。


 転生前の世界で、最後の時に見捨てられたはずのステラの命を救おうといた人物がいたらしのだ。


 その人物……女性は一生懸命ステラに対して救命措置を施してくれた。だがステラの傷はそんな処置がまったく意味を成さなくなる程のものだった。

 普通だったらそこで諦めるところだが、しかし彼女は諦めなかった。

 その後彼女は、常人なら考えもしないような驚くべき行動に出たのだ。

 それは、人から見たら、混乱してると思われてもおかしくない行動で……。


 刻一刻と死に近づいていくステラを何とかする為に、神社の巫女だったらしい女性は、古くから伝わるまじないを試した。

 女性自身も成す術がない状態への気休めが欲しかったのだろう、十中八九叶わない思いつつも、そのまじないを唱え切ったらしい。


 何も起きないはずだった。それで終わるはずだった。

 ステラは必死の救命処置のかいもなく命を落とし、一抹の後悔をのこして女性は日常へと戻る。

 そのはずだったのに、驚くべき事にそのまじないは効果を発揮したのだ。


 それは魂を導くまじないで、時空を超えて遠い異世界へと届いた。

 幻惑の森にいる大精霊は、そのまじないの力に気付き、魂を導く手助けしたらしかった。

 そうしてステラはこの世界へと転生を果たしたらしい。ステラの魂と最も親和性の高そうな世界へ。それが前世でプレイした乙女ゲームの世界だった。

 

 まとめれば、ステラがこの世界に転生したのは、半分は大精霊の影響という話のわけだが、だからどうということはない。

 前世の自分の考え方に影響は受けているものの、前世と今世の自分は完全に別の人間だと割り切っている。

 生まれてきた感謝はしているが、それ以上思う所は本当になかった。


 ただ知る事ができて良かったな、とは思う。


「前世の私は最後に一人じゃなかったのね」


 苦しみと絶望、悲しみの中で生を終えてしまった、前世の私が魂が少しだけ報われたような気がして嬉しかった。


「私にも、そう言う風に心配してくれる人が……」


 いない。なんて寂しい事は言わないけれど、絶対にいるとも断言できないのが、ステラの弱い所だった。


 そんな人が自分の側にいてくれる……、


「いつか、私も……、そうやって思える日が来るといいわね」


 そんな未来があればとステラは思った。



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