第8話 命のやりとりしてます
それからはなぜかあまり道に迷わなくなった。
どうしてだかは分からない。心の中の不安とか迷い的なものが晴れて正しい道を進めるようになったのだ、とかそんな都合の良いことは思わないけれど。迷わないにこした事はないだろう。
理由を考えるのは後だ。二人はできるだけ早足で森の中を進んで行く。
苦心してたどり着いた奥では、目当ての物を見つける事ができた。
ずいぶんと時間を使ってしまい日が暮れてしまったが、そのおかげで自分達は、目的の薬を手に入れることが出来ていた。
「これが植物、綺麗ね……」
「ほんとだな」
かすかに光るガラス細工の様な美しい植物。
それらは地面にたくさん生えていて、見まわせば宝石の海にいるような景色だった。
そんな光景にしばし見惚れてしまう。
摘み取ってしまうのはもったいない気もしたが、人命がかかっているのだから仕方ない。
割り切って採取した薬を、鞄に入れられるだけ入れて来た道を振り返る。
「後は、帰るだけね」
「簡単だな」
その帰るだけの道中が、大変な事になろうとはその時の私は思いもしなかったのだ。
しばらく歩いた後、私はポツリと呟いた。
「迷ったわ」
「迷ったな」
まただ。
歩けども歩けども森から出られない。というか同じ景色の中、ぐるぐると回っているみたいだった。
一度目は何とかなったのに、どうしてまたこんな事になるのだろう。
まるで何者かの意思が、ステラ達の帰途を邪魔でもしているようだった。
不穏な空気が森の中に持ちる。
「どうしよう」
「ちょっと待ってな」
途方に暮れているとツェルトがどこからか木の棒を持ってきて、それを地面に置いて倒した。
「それで?」
「よし、あっちだな。行こうぜ」
「ツェルト……」
「何だよ、そんな目で見るなよ。しょーがないじゃんか、他に方法がないんだし」
木の棒が倒れた方向に行こうとするツェルトに視線を送った。
確かに方法はないが、そんな運任せみたいな方法を試したせいで余計に迷ったらどうするつもりなのだろう。
「いいから行こうぜ」
ツェルトに手を惹かれて渋々歩きだした時、何かが動く気配がした。
「何……?」
「ステラ、下がれ」
ステラの前に出たツェルトは木剣を構える。
周囲に突如発生した物音の正体は木だった。
「……トレント?」
見た目は普通の木だが、これは魔物だ。
見るのは初めてだが、自分で動く木なんてただの木ではありえないので魔物であっていると思う。
「だけど、これ普通のじゃないぞ」
ツェルトは近づいてくるトレントに切りかかるタイミングを窺っている。
「どうしてそんなことが分かるのよ」
「一体一体、精霊が憑いてる」
「精霊……いたのね、この世界に。でも私にはそんなの……」
そんな情報前世の乙女ゲーム情報からでも得られなかったが、ファンタジー世界ならありえなくはないのかなと思う。
ステラの目にはそんな超上的な存在は視認できないが。
「俺が精霊使いだから。普通の人間とは違うから見えるんだ」
村で流行っている病気に罹らないというのも、もしかしてそれが理由なのだろうか。
理由を話すツェルトの声が震えているような気がした。
内緒にしていたのは、あまり人に知られていない力だから。
その力を持っている事で、何かが変わってしまうのだとツェルトが恐れていたからだろう。
その何か……、は本人でない為ステラには分からないが。
「そういえばあの時、五年前に貴方は空から降ってきたわね」
「そんな事もあったよな。そうだ、精霊の力を借りたんだ」
人質にされた時、助けてくれた時の事を思いだした。
どうやってっあれをやったのかと、ツェルトに何度尋ねても教えてくれなかった秘密。やっと聞けたというのに、それを知れた嬉しさはこんな状況ではまったく込み上げてこない。
木剣を持ったツェルトとトレント達。お互いの出方を窺い合う両者だったが、膠着状態はすぐに破れた。
「らあぁぁぁっ!」
先に動いたのはやはりツェルトだ。
一番背の低いトレントへと切りかかる。
渇いた音とともに打ちすえられた魔物だが、すぐに体勢を立て直して反撃しはじめた。
「うっ、くそっ、この」
鞭のようにしなる枝を避け、視界を遮る枝葉を切り落としながら動き、何度も前へ出ては攻撃を続ける。
懐に入られたトレントは、だが大人しくやられてはくれない。身をくねらせて繰り出される木剣を避けると土に埋まっていなければならないはずの根っこを引っ張りだして突きの攻撃を放ち始める。
「んなもん――――っ、あたるか!!」
ツェルトの年齢に合わない反射神経。すばしっこさをフルに発揮して全力で回避。おかげで魔物とも何とか渡り合えるんじゃないかと思えた。だが、やはり時間が経つにつれて数の違いが影響し始めた。
四方を囲まれ行動がままならなくなった彼は、次第に相手の攻撃を回避できなくなる。
ツェルトは追い詰められていった。
「うわぁっ」
「ツェルト!」
大きなトレントの枝に撃ちすえられて彼の体が吹き飛ばされる。
駆け寄ろうとするのだが、他の個体に行く手を阻まれて叶わない。
「甘く見ない事ね、私だって戦えるわよ!」
自らの木剣を取りだし、震える手で構える。
魔物と戦ったことなんてない。
命を賭けて戦うなんてこれが初めてだ。
「駄目だ、逃げろ……ステラ……」
「友達を見捨てて逃げるなんて、出来るわけないでしょう」
そんな事をするくらいなら、最初からここに来たりはしない。
「やあぁぁっ」
木刀を振り上げる。
大上段からの降り下ろしは、ツェルトのものに比べればお世辞にも上手いものとは言えない。
だが、刃のない真剣ではないとはいえ。伊達に二年も木の剣を振ってきたわけではない。
しなる枝を回避し、隙を窺っては慎重に一撃を入れていく。
同年代の少女に比べては、よく持ちこたえられただろう。
奮戦は長くは続かなかった。
「ぁうっ……っ、く……うぅ……」
木刀を吹き飛ばされ、伸びてきた枝が首を絞め上げる。
必死に首に絡みついたそれを引きはがそうとするが、ぴくりとも動かない。
「く……」
「ステラっ!!」
体が持ち上げられ、足が浮かんで、地面につかなくなった。
呼吸が苦しくなり、意識が途切れそうになる。
「ぁ……ぁ…………」
このままだと死ぬ。そう思うが、非力な自分では抵抗することなどできない。
ゆっくりと訪れる死の気配に小さな命が飲まれようとした時、
「魔物め、その少女を離せ!」
その迷いの森に、第三者の声が響いた。
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