第32話 ヨシュアの思い
ヨシュア・ウティレシアは己の立場に歯がゆい思いをしていた。
姉であるステラ・ウティレシアは領主の座を継ぐことなく、退魔騎士学校の卒業と同時に家族を人質に捕られた事で王宮の騎士団に入ることになってしまった。
ヨシュアや父、母の命を守る為に姉は無理矢理働かされることになったのだ。
兵士達が屋敷に侵入してきた時、自分は何も出来なかった。
油断していたから、隙を付かれたからとか、レットがいなかったからなんて言葉は言い訳にしかならない。
そんな出来事がヨシュアに悩みを作っていた。
自分が弱いという悩みを。
強くなりたい。
もっと姉様みたいに強くなりたい。
そう思いながら毎日剣を振っているが、中々これが上達しない。
ツェルトに剣の稽古をつけてもらうようになり、姉を追うように対魔騎士学校に入ったものの、自分には才能がなく、成績も中の上止まりでそれ以上は向上せずだ。そもそも見張りがある今は、学校に行くことも叶わなくて完全に手詰まりになっている。実力を伸ばそうにも伸ばす機会そのものがなくなってしまったのだ。
駄目押しとばかりに、例のクーデターにより監視の目が付くようになってからは、レットによる剣の訓練自体もやりづらくなってきていた……。
そんな時にあの勇者が久しぶりに王宮へ訪れたという話を聞いた。
これはチャンスだ。
ヨシュアは、姉の目標である彼に聞けば何か解決できるかもしれない、と思った。
逃す手はなかった。
そんな流れがあるヨシュアは現在、レットの協力を得て監視の兵士をかいくぐり、どうにかして王宮へとやって来たところだった。
王宮 空中庭園
まるで空の中に浮かんでいるかのような錯覚を抱かせるような場所、整えられた木々が葉を風に揺らし、植えられた花々香りを漂わせている中をヨシュアは歩いていく。
視線の先では、姉と勇者が話をし終えるところだった。
「ということで、本当にあの時はありがとうございました」
「本当に懐かしいね。また時間があったら話し相手をしてくれると嬉しいよ」
「はい、私でよければ。では失礼します」
姉がその場から立ち去るのを確認してから僕は、勇者の前に姿を現した。
強くなる秘訣を教えてください、と素直に言えたら良いのだけど……どうしようか。いっそ助けを求めてみるか……。
だけど、勇者様は近々行われる魔物討伐の対処で忙しいと聞いてるし、今は駄目だ。
「あの、ヨシュア・ウティレシアというものですが、お話よろしいでしょうか。以前は迷いの森で姉様を助けてけてくれてありがとうございます。お礼を言うのが遅くなってしまってすみません。レットさんのことはご存じですよね」
まずは互いの自己紹介から入って、姉やツェルトを助けてくださったことの礼を言う。師から預かっていた伝言も話して、距離を縮める。
僕が姉様の弟だという事は信じてもらえているだろうか?
脳内であれやこれや考えて、なおかつもう少し考えたいと思うヨシュアだが、生憎現実は待ってなどくれない。
「最近は色々あって大変ですね」
当り障りのない話題を続けながら相手の反応を観察し、自分の要求をどう通す流れにするか知恵を巡らせる。
「勇者様にはお弟子さんといらゃっしゃらないんですか。そういう話聞かなくて、いつも不思議に思ってたんです」
「なら、君も弟子になってみようか。一日限定だけど」
「えっ?」
苦労してやって来ただけに、必ず要求を通してみせると意気込んでもいたのだが、その出花が挫かれて間抜けな声をあげてしまった。
いきなり目的達成だった。
こんなにうまく行っていいのだろうか。
願ったりかなったりであることに間違いはないのだろうけれど。
ちょっと話が出来過ぎてて怖かった。
だが、嘘でも冗談でもなく、本当に空中庭園で勇者に剣の稽古をつけてもらう事になった。
話を振ったのはこちらだが、向こうからのお誘いなので気兼ねなく練習に集中できる。
中庭にいる他の人たちの視線が気になったが、姉やツェルトの事情を知る者はわずかだ。
少しくらい目撃されたところで、問題はないだろう。
戻る時間も考えて少ししかできなかったけれど、知らない間についていた自分の癖や、隙なんかも発見できてとても有意義な時間を過ごせた。
稽古の終わりに、勇者はこちらに質問してくる。
「ばれないように戻れるアテはあるのかい?」
「それは、大丈夫です。何とかします」
勇者は、たった数時間なのにヨシュアが人目を忍ぶ人間だという事を分かってるようだった。
ヨシュアは問われたことに気丈に答えるものの、不安はすっかり見抜かれていたようだった。
「後で人目のつかないところで君を送るよ、大精霊様の力が付加された道具があってね、それで移動できるんだ。迷いの森の時はこれで駆けつけたんだよ」
そう発言して勇者の力を使うことを約束してくれた。
間違いなく勇者はヨシュア達の置かれている状況を気づいているのだ。
一瞬、助けを求める言葉を言いかけたがぐっとこらえた。
王に逆らうような行動をするのが、どれだけ危険なことか。
それは他でもない自分が一番分かっている。
勇者はそんなヨシュアの表情を見てか、疑問をこちらへ尋ねてきた。
「君は何の為に強くなりたいんだい?」
「大切な人を守りたいからです。姉様や兄様、家族や友達を僕の手で守りたいんです」
「でも君にはあまり剣の才能はないな。君自身も気づいている様だけど」
「はい……。分かってます。でもそれでも強くなりたいんです」
姉様は強い。
そして姉様はすごい。
自分の為に頑張りながらも、僕達も守ろうと無茶をしてしまう。
僕はそんな姉様に無茶してほしくなかった。
凄い姉様だから、誰にも言わずきっとたくさんの物を全部一人で守ろうとするだろう。
だが、その荷を分けて持ちたいと思うのに、背負う力が自分にはないのだ。
「弱いままでも強い者を倒す方法はあるし、大切な人を守る方法はある」
「えっ」
「強さというのは分かりやすいな、でも、だからこそ目が曇りやすい。強くなるなんて、目的を達成する為のただの手段でしかないんだよ」
「目的を達成するための手段」
「稽古はこれで終わりだけど、そこのところ、良く考えて見るといい。君ならきっと答えが出せるはずだから」
優しい微笑を浮かべる勇者に礼を言いヨシュアは言われた言葉の内容を己の頭の中で繰り返し考える。
「弱いままでもできること」
相変わらず僕自身は大して強くもなっていない。けれどほんの少しだけ、わずか数時間の勇者との稽古を経て、ほんの少しだけヨシュアは前に進めそうな気がした。
ウティレシア領 屋敷 中庭
それから数日後のことだった。
「あっ」
「む? おや、これは……」
最近は兵士に見つからないようにと、レットと共に隠れて稽古を行っていた。
だが、その手を止める事になったのは、その稽古の時間に師の剣にくくりつけられていた紐が唐突に切れたからだ。
そこに汗をふくタオルと、飲み物を用意してやってきたアンヌが話しかけてくる。
「よろしかったら別の紐を持って来ましょうか?」
「いえ、構いませんよ。気にすることはないでしょう」
レットは首を振って申し出を軽く断った。
「良いんですか?先生」
「その時が来ただけというところですからな。もともと気まぐれで飾っていた物、改めてつけ直すほどではありますまい」
「そうですか」
言葉は冷たいものの、レットは丁寧な手つきで拾い上げた紐をハンカチで包み、懐へと大切そうにそれを仕舞った。
「後で、焼いてやらねばなりませんな」
そしてヨシュアはレットがそう呟くのを聞いたような気がした。
その日、勇者は王から受けた依頼にて魔物の巣へ赴き、命を落とした。
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